岡山発日本海経由東京行き放浪旅。時々サバゲー

片貝花火の世界一の四尺玉、福井県立恐竜博物館、小松安宅の関跡、秋田マリオンタワーとババヘラアイス、海の幸と各種B級グルメ、時々サバゲー山頭火

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東京に就職するために岡山を出たのが2018年9月頭。久々の日本放浪旅も兼ねたので、日本海沿いに北を目指し、新潟片貝花火世界一の四尺玉は絶対で、できれば初北海道と雑に計画。

 

しかし記録的な大阪の台風に北海道地震と、思うようにいかず、ちょうど二週間で秋田経由で東京着となりました。

 

人には旅行ではなく旅が必要で、ほぼフリーダムな放浪旅も良いもんですよ。他人はどうか知りませんが。

 


自分の本当にしたいことは何か?料理は好きだが、料理人としては一流にはなれなかった。一流になるには、四六時中そのことを考えられるほどの情熱、あるいはそれに値する対価が必要だろう。自分にはそれがなかった。

ニュージーランドで一緒にレストランを始めようとした、元オーナーシェフの突然死は、色々と考えるキッカケを与えてくれた。

 

自己実現という言葉は好きではない。他人の評価をチラ見するようなフワフワした言葉ではなく、自分自身に手応えを感じたかった。

 

しかし、結局のところ、家族は得ても長続きはせず、その後もどこに属することもできないことを、さんざん実感しただけだった。

 

おそらく、軽い発達障害もあると思う。元引きこもりでもあるし。オランダへは、実のところ将来的な尊厳死も考えて行ってみた。

 


話は変わるが、二年も同じ仕事をすると、何かしらの特殊な能力が身につくと経験上感じる。

 

大した能力ではない。肉に火が通るベストの瞬間とか、天ぷらが余熱で揚がるタイミングが分かるといった、ささいなことなものの、感覚がいつの間にか変容していることに、ふと気づく瞬間がある。

そしておそらく、そういう感覚は、大なり小なり、誰でも獲得していくものなんだろう。

 

 

介護の仕事をしていた時には、目の前の人が惜しまれて死んでいくのか、それとも孤独の内に死んでいくのかが分かるようになった。

 

人は、認知症になると、二つの人種に別れるが、その人自身がむき出しになる点は一緒である。 

 

ボケてもそれを受け止めて、持ち前のキャラクターそのもので周囲に愛される人は幸福だ。惜しまれながら、幸せに死んでいける。

 

一方、心に後悔や、わだかまりを抱えたまま認知症になった人は、一生それにとらわれながら生き、孤独の内に死んでいくことになる。たとえ家族に看取られたとしても。

 

それは見ていてつらかった。そして、自分に置き換えてみて、恐怖だった。
誰かを恨んだり、悔やんだりしながら、人生を終えるのだ。何より恐怖なのが、自分自身に対するグリップ感みたいなものを失ってしまうこと。

 

それは、魂の牢獄のようでもあり、人生そのものに復讐されているようでもあった。

 

 

。。まあ、つまるところ、自分は後者の人間なので、できれば認知症になる前に自分の始末をつけたい。他人に迷惑をかけることなく。

 


しかし、尊厳死が認められているオランダやスイスでも、実際には死の病にかからないと尊厳死はできない。


それでも、いつかまたオランダに行ってみたい。人は結局一人で死ぬし、死ねるなら別にいつ死んだっていいと思う。痛いのは嫌だけど。

 

おそらく今世紀の早ければ中頃、地球が人口を支えれなくなった時、尊厳死は現実的な解決方法の一つとして検討されるだろう。その時でも遅くはないが、何もなし得ないまま死んでいくことの方が怖いと思う。

 

足りないのは、つまるところ“覚悟”みたいなものなんだろう。自分には、自分にできることしかできない。


そしてアリになるには、アリになる覚悟が必要で、自分はどこまでいってもキリギリスでしかなかった。

 

40を過ぎて今さらそんなことに気づくのも何だが、むしろ早く気づけて良かったと思う。ローンやなんかで身動き取れなくなってからでは、そこに幸せを見つけれなければ、先に心が死んでいくだけだ。

疲れただけの大人には、なりたくはない。

 

別にただ遊び呆けるのがキリギリスというのとも違う。キリギリスは「自己表現(自己実現ではなく)」を生涯掛けてやっていただけだと思う。アリとキリギリスのどちらが偉いとかいう話ではない。

同じく、キリギリスの不幸も、他人の価値観で決めつけていいものではないはずだ。

 

そして、自分自身を笑うことが出来るのは、動物と違う、最も人らしい行動の一つだろう。

 

 

もう一つ幸運だったのが、本当にやりたいことが見つかったことである。ようやく気づいたと言うべきか。


何のプロにもなれなかった自分が、唯一ユニークでオンリーワンになれるのが、小学生の頃から30年以上続いていたサバゲーだったのだ。

 

「一万時間の法則」のように、一流になるために投入した時間、それも没頭といえる時間のみがカウントされるなら、戦術について考察し、それを実行してきた時間は誰にも負けない。それで英語のも書いた。

今は、もっと海外で自分の戦術論を試して、さらに極限状況での心理学の知見を深めたいのが希望だ。一つ法則らしいものを見つける度に、自分はこの上ない充足感を得ることが出来る。

 

もちろん、それで食っていける訳ではない。だが、将来的に多くの仕事がAIに取って代わられると言われる中で、やれなかった後悔をその時になって感じたくないだけなのだ。幸いなことに、まだ身体は動く。

 

そして、「足ること」さえ出来れば、案外ささやかな幸せを大事にすることで生きていけるものだ。もともと物欲は少ないし。

 

 

ということで、とりあえず2020年のオリンピックまでは、東京をベースに日本や世界に遠征サバゲーしながら、変わってしまう前の日本や世界を自分の目でできるだけみておきたいと考えています。


巨大地震なんかが起こったら。。その時は最初にすんなり死ねた方が楽だろうな、きっと。富士山も噴火したら日本終わりだし。

 

まあキリギリスは所詮キリギリス。精一杯自己表現できたら悔いはありません。

 

旅ブログも長らく放置していたものの、書き置き代わりとマイル欲しさに再開してみます。ポニョの街の鞆の浦も、最近ニュージーランドサバゲー友だちとまた行ってみたので書き直せたらと思います。

 

 


180902
宗さんの古民家カフェ作りの手伝いが、床を張り替えたことでひと段落したので、いよいよ東京に向かうことに。やはり身体が動く内に、もっと日本でも世界でもサバゲーで戦ってみたいので、フットワークが軽い東京にまた住んでみようと、宗さんに出会う前から決めていたことでもあったのだ。

 

何をするかというと、来日客向けの観光タクシーの運転手が、給料が悪くない上に、法規上2日働いて1日休みというペースで休めるので、サバゲーするにはもってこいなのである。
長期休暇も取りやすいとのことで、東京発の安いチケットは多いので、海外遠征にももっと行きたいところ。
まあ、オリンピックが終わるまでは景気が良いだろうから、天災は怖いものの、食いっぱぐれはないだろう。ただ、ここで動かないと必ず死ぬ時に後悔するはず。

 

当初、盆過ぎには岡山を後にする予定だったが、飛行機ではエアガン関係を運ぶのは難しそう。新幹線もバスも盆明けでも取れず。どうやら帰省の学生が多い様子。

うーん、まいった。しかし、ここで自分の中では超ナイスアイデアが浮かぶ。南から行けないなら、北から行けば良いじゃない^ ^

 

そう、時間はあるんだから、日本海側ルートでのんびり行けば良いのである。なので、学生のいなくなる9月まで待って、青春18きっぷを道中でゲットしつつ東京を目指すことに。
なぜ道中でゲットするかというと、夏シーズンの青春18きっぷの販売は8月いっぱいまでで、9/10の使用期限にかけて、どんどん安くなるという情報を仕入れていたのだ。ネットでだけど。

 

ちなみに、昔からの自分の放浪旅のルールは、「基本宿泊費はミニマム、食べたことないものは極力チャレンジ」であり、2008年にロドスタで山口九州四国を1ヶ月かけてフラフラした時も、行けるだけ行ってネットカフェやライダーズハウスに飛び込むスタイルだった。


ネットカフェならナイトパックで昔は1500円くらいで泊まれて(2018年はナイトパック8時間から12時間で、2千円弱から2500円くらい)、漫画は読み放題でドリンクバーやソフトクリームはあるし、飛行機のエコノミークラスでも楽しめる安上がりの自分は、シャワー浴びれて平らなだけで充分満足だったのだ。これでも、アジアバッパー旅に比べれば、プライベート空間がある分マシである。

 

阿蘇ライダーズハウスは3泊目から700円(!)ということもあり、毎日宴会で楽しかった。足ることを知れば、要求水準はどんどん低くなるものだ。もう少しで俗に言う「沈没」するところだったが。。


そして自分にとって、「予約に縛られない」という一点だけで、とてつもなく精神的なフリーダムさが違うのである。これは重要なポイント。あくまで自分にとってだけど。

今夜宿がないかも、という恐怖感よりも、ヒッピー的自由さが優先されるのだ。ギブミー フリーダム。

しかしこの感覚は沈没民と同じく、かなりの廃人要素を含んでいるとも言える。

 

むろんこれは最悪野宿ができる秋口まで&複数のネカフェ等の宿が見込める場合、とも言えるが、ニュージーランド南島を一周した時も、混む時期を外して行ったので、飛び込みで断られたことは一度もなかった。


ちなみに海外の安宿は、バックパッカーホステル(通称バッパー)やゲストハウスの他、最近ではAirbnb(エアーBアンドB)やカウチサーフィン等のアプリでも見つけやすいし、日本でも有名になったトリバーゴのホテル予約サイトも使える。

 

今回荷作りは、ノートパソコンも持っていかない最小限に抑えたつもりが、ソーコムmk23とUSPのハンドガン二丁と装備品類(ギリー入れず)でリュック一つ、そしてBDUのズボンとメレルブーツだけで機内持ち込みスーツケースの半分を占めてしまう。
しかも冬物衣類は一着も入らないのに、スーツ類と小物類だけで、かなり重くなってしまう。こ、こんなはずでは_(:3 ⌒゙︎)_ポリポリ

 

まあ、いい。部屋の片づけもすべて終わったし、これでいよいよ明日9/2日曜日の兵庫県三田市の野戦参加を機に、東方進出の前哨戦となすものであーる!(そう、すべての準備が整ったのが、前日深夜1時半だったのだ。エッヘン(ฅ`ω´ฅ)

 

 

 

180903
昼に大阪着。すぐに大阪駅のコインロッカーに荷物を預け、大阪観光開始。

まずは天神橋筋商店街二丁目の中村屋のコロッケを目指す。といってもこの天神橋筋商店街は日本一の長さのアーケード街であり、端から端までなんと2.6kmもあるらしい。戦艦大和10隻分といっても実感がわかないが、とにかくスゴイ。

 

実は2000年頃、神戸と大阪の飲食店で2年くらい働いていたことがあり、この天神橋筋商店街は近いこともあり、しょっちゅう来ていたのだ。当時は近くの太融寺の周りに外人の立ちんぼが沢山いて、手を振りながら通っていたものだ。

 

さて、天神橋筋商店街天満宮や常設寄席のある一丁目から六丁目まであって、数が増えるに従ってどんどんディープになるというか、アジアの混沌度がアップしていく様が、何というか心地いい。大阪もれっきとしたアジアそのものなのだ。
特に、JR天満駅近くの商店街裏筋のカオスさは、別に裏社会でもないのにアジア感たっぷりで、歩くだけでドキドキしてくる。


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また、天神橋筋商店街の楽しみは食そのもののバラエティーの豊かさで、大阪の一級品から各種B級グルメまで、しかも格安で楽しめてしまえるのだ。
地元住民で充分需要がある、逆にいえば意味なく高くしても地元民は誰も買わないので、観光地価格になっていないのがミソである。そして高級品も、それなりのリピーターによる需要があって成り立っているので外れがない。

さらに昔はなかった、パチンコ屋と見まがう大阪名物スーパー「玉出」もできていて、その点でもディープ大阪を味わえる。

 

また面白いのが、同業で近くで張り合うように店舗がある店で、天五の脇道の寿司ランチなら、有名寿司店の本店や、「春駒」の握り寿司が、赤だし付きで5~600円から。
2店がほぼ並んで競い合う天四の老舗洋食屋「ランプ亭」「ビフテキHibio」では、とても満足度の高いすべて手作りの洋食をリーズナブルな価格で味わえる。
また、ホルモン屋では塩コンブで食べられる鮮度の良い有名店「ごっつ」が格安である。

高級品では、クジラ専門店が昔あったが、今回は気がつかなかった。しかしそれでも、鯖オンリーの鯖寿司屋や昆布専門店と、ユニークな銘店も多い。


そしてB級グルメでは、天四(てんよん 天神橋筋商店街四丁目)の有名チェーン店「わなか」のタコ焼きは相変わらずハズレなしだし、天ニのここだけでしか食べれない、「中村屋のコロッケ」は、大阪来る度に必ず寄る、唯一無二のおいしさである。ダウンタウンの浜ちゃんもイチオシの中村屋のコロッケは、自分の中では宇宙一うまいコロッケwwと勝手に認定している。

 

味はうまく表現できない。まさにここ中村屋だけの味で、どのコロッケとも似ていないオリジナルである。肉はどうも一切入っていない。玉ねぎも、少なくとも食感はない。それでいて、甘さを足したトロッとした芋の食感が、カリッと揚がった衣と絶妙にマッチしていて、何もつけずにバクバク食べられる。

 

冷めてもそれなりにおいしいし、トースターで焼けばほぼ揚げたての味に近づけるので、よくお土産でも買って帰っていたものだ。

 

今日はさっき「わなか」でたこせん250円を買って、歩きながら来た。途中鯖オンリーの店に浮気しそうになったが、久々の中村屋のコロッケを、どうしてもお腹空いた良いコンディションで食べたいので我慢した甲斐あり、あまり行列にも並ばずに済んだ。

 

メニューは色々あり目移りするが、他はあまり印象に残る味ではなかった思い出があるので、コロッケ3つ210円を買い、大阪城へ歩いて行きながら食べる。大阪天満宮の境内で食べてもなかなかオツなものでオススメである。

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さらに桜の時期であれば、大阪一とも言える桜の名所である、大阪造幣局の通り抜けが、まさに天神橋筋商店街大阪城の間にあるので、そぞろ歩きで全部コンプリートするのが通の楽しみ方と言えよう。


地下鉄の駅でいうと商店街から大阪城まで2駅くらいあるが、歩きでも運河の景色が見応えあるし、暑くてもビルで涼を取りながらだったので、そんなに苦ではなかった。

 

そうそう、途中寄った運河を過ぎてすぐのビルにあったエプソンショールームで、写真の個展をやっていて、これが実に見事な作品であり、次回の放浪旅の目標となりそうなので載せておきます。写真家の方も実にきさくな人で、どこでどんな風に撮ったのか一つひとつ説明してくれて良かった。転載も快くOKしてくれたのだが、撮ってたつもりのプロフィールは見当たらなかった。。

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さて、大阪城は記憶のないガキの頃に来ているので、実に40年振りくらいだろうか。
去年フラッツボグが日本に来た時、大阪城にはついて行かなかった。その時はあまり興味がなかったのだが、今回はなんでも「戦国大名の食」をテーマにした展示があるとラジオで耳に挟み、それを見るためにやってきた。

 

しかし、大阪城実に雄大で驚かされる。外堀はもうないが、内堀の壮大さだけでも、肉眼で見ると圧倒されるものがあるのだ。城は好きだが、他の城とはスケール感が明らかに違う。ケタ違いに大きい。
そして、北西の門から入ったのだが、門を入ってすぐ正面で度肝を抜かれる石垣の巨石が。途方もなく巨大なのに、それでも場内で3番目だとか。しかし、この驚かせる演出、実に秀吉らしくて、ほくそ笑んでいる彼が身近に感じられるよう。
加藤清正が奉納したと伝えられてきたが、実は岡山の池田公だったとかも、興味深い。

 

しかし、後で城内展示のパネルで岡山の北木島が、広島の真下に描かれていたのは、ちょっと酷いんじゃないかなと思った。アバウト過ぎやろーもん( ´_ゝ`)σ)Д`)
しかもキタキシマってローマ字になってるしー。キタギシマですよ~。ついでに言えば、我が町の英雄、千鳥の大悟の出身島なんですよ~。

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まあそれでもこの知名度の無さは、北木島を含めて日本遺産にしようとする地元笠岡の誇りとは裏腹に、ほぼ100パーセントの日本人にとってはどーでもいいことであり、事実ほぼ無名な笠岡諸島の日本遺産申請は、見事に落選したのであった。

 

言い訳がましいが、お隣にただでさえ超歴史的価値があり、ポニョの街でも有名な鞆の浦があり、その先には尾道も控えてるんだから、そりゃ無理って話である。
それに世界遺産化した富士山ではゴミが激増したっていうし、やたら人が来るようになっても考えものなのだ。地元の宝はそっとしておくべきであろう。

 


さて楽しみにしていた「戦国武将の食」の展示は、文書のみによるものだったので拍子抜けだったのだが、ある意味生々しい戦国武将の生活が垣間見えて、結果的には良かった。
驚いたのが、戦国武将ってかなり筆まめだったこと。祐筆、つまり代筆はさせているものの、上司からもらった食材の礼はすぐしたためていたり、実に気配りが大事だった様子。


伊達政宗は上司ではないものの、ひばりがいるという情報を頼りに鷹狩りに出かけたものの、1匹も獲れなかったと愚痴というか、今でいうクレーム文を送りつけたりもしている。まあ、軽くヘソ曲げてのお茶目さも感じられたが。

 

面白いのが当時の「三鳥二魚」といわれる五大珍味の食材で、「雲雀ヒバリ、鶴ツル、鷭バン」の三鳥と、「鯛タイ、鮟鱇アンコウ」の二魚が珍重されたそう。うーん、魚はともかく、鳥はどれも食べるの無理そう(●︎´д`●︎)

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秀吉の直筆の書も、わざと彼なりの変な当て字してたりと面白かったが、さらに初めて知って驚くことが。全然知らなかったが、秀吉の作った大阪城は落雷で焼け落ちて、家康がまた作り直していたのだ。
そしてさらにそれが戦災で焼失し、戦後初の鉄筋コンクリートでの天守閣再建で、今の大阪城になっていたのだ。

 

で、興味深いのが、家康がなぜわざわざ再建したかである。しかも、模型の写真を見比べてもらうと分かりやすいが、秀吉時代のものとは、天守閣時代の位置や色といった意匠、内堀の形や石垣まで大きく作り変えているのだ。

 

そういえば、大阪城は白いイメージだが、当初の秀吉時代の色は、黒をベースに金細工を施したものだったそう。
確かに、それだと大阪城築城当時の秀吉の数寄の顧問であり、戦略アドバイザーでもあった千利休の好みが反映されていて、腑に落ちる。

 

そして考えるに、家康が戦略拠点として最大の脅威にもなり得る大阪城を、わざわざ再建した理由は、参勤交代と同じく諸大名の力を削ぐためだったのではないだろうか。
事実、石垣まで増築させたりしているが、各大名の印を石垣に残させている、つまり競わせてもいる訳で、こぞって資金を捻出した諸大名たちは莫大な出費を必要としたことだろう。

 

そしてその際、豊臣のカラーを極力薄めるために、黒ではなく白い天守閣にしたのが、戦後再建された今の大阪城天守閣にも反映されたのではないだろうか。
いや~、勝手に想像シリーズ面白いな~。

 

さて、今日は快晴だけど、明日は台風が来るんだろうか?大阪駅に荷物を取りに来ると、城内アナウンスで、明日は朝10時にはほとんどの便が運休すると連呼している。
これはマズイ。明日には小松まで行ってF15の離発着を見たかったのに。

大阪駅至近にはネットカフェがなかったので、JRで天満駅まで戻り、天満橋商店街のネットカフェに泊まる。安いし駅から近いし一石二鳥。

晩は老舗洋食屋「ランプ亭」の弁当を買ってきてネットカフェで食べる。風が出てきた。

 

 

180904
翌朝さっそく天満駅みどりの窓口で聞いてみるが、台風の影響で神戸だかの架線が切れたらしく、すでに大幅な遅延が発生している様子。
仕方ない、とりあえずもう一泊大阪となる。

 

すぐにネットカフェにとって返し、24時間プランをお願いする。多分帰ってくるかもと言っていたので、スタッフさんも大変ですね~と迎えてくれた。
ずっと読みたかった漫画「暁星記」と、バンダイ動画の「ボトムズ ペールゼンファイルズ」がだいぶ捗った。

 

昼ごろ、ゴウッとネットカフェが入っているビルが揺れ、地震か!?と焦るが、大阪直撃した台風によるものらしい。
8月には岡山でも台風直撃があったが、台風の進路の右だと風の巻き込みにプラスして、台風自体の進行速度が加わり、かなり風雨が強くなるらしい。岡山が進路の左側で大したことなかったのに対し、今回の大阪は今季最大規模に加えて、進路の右側だったので、予想以上の大被害が発生していた様子。


幸い、自分がいたのはアーケード街で風が強いくらいで停電もなかったのだが、関空は連絡橋にタンカーが激突して3000人が孤立するわ、大阪でもかなりの範囲で停電が発生するわで、フェイスブックでも大丈夫か心配された。ニュージーランドでもニュースになったらしい。

 

しかし、今年はやけに大災害が多いと思ってたら、まだ打ち止めではなく、翌日北海道で震度7の大地震発生。この時点で北海道到達は不可能となる。

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180905
台風によるダメージと余波がすごくて、もう一日大阪に留まることとなった。することがないので、西成区に移動予定。良さげな宿を聞いていたが、銭湯の利用券付きの安ホテル「ビジネスホテル加賀」一泊1700円をネットで予約する。ネットカフェのナイトパックと同程度の料金。これで銭湯の券440円相当とコーヒー券がオマケで付いてくるので実にお得である。


予約後、世話になったネットカフェを出る。そして、天満駅すぐのホルモン屋の有名店で昼にする。食べログでもかなりの高評価の「ごっつ」は、塩コンブでホルモンを食べさせる店で、A4~5ランクの品質に自信があるからこその塩ホルモンである。
実は台風のせいで、前日臨時休業になっていたのだ。せっかくなので食べてみたい。

 

昼12時オープンの最初の客となる。メニューは見せてもらってたので、名物クズとホルモンを3種、ご飯セット、ビールを頼む。普段ほとんどアルコールは飲まないが、こういうシチュエーションなら、郷に入っては郷に従えである。単純に安かったからというのもあるが(笑)

 

で、クズとはいってもA4以上の肉は上質でおいしかった。
が、やはりホルモンのうまさというか甘さは、塩コンブだけにより感じれたと言える。タンカルビ、センマイ、マルチョウと頼んだが、塩コンブに脂が染み込んで、どんどんうまくなる感じだった。
普段飲まないので生一杯でワープ状態に移行した感じ。コーン茶をもらい酔いを覚ます。コーン茶まじうまい。

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さあ、腹も満たしたので、いよいよさらにディープな大阪潜入です。時間もあるのでサバゲーも行ってみましょうかね。飛田新地にも行ってみたいところ。

 

JR新今宮駅に到着。ビジネスホテル加賀はなんと最速午前11時からのチェックインがOKなので、とりあえず荷物を置きに行くのだ。
チェックイン11時からって、マトモに掃除してるのかとか野暮な詮索はしない方が吉である。そんなん心配するより、南京虫の方がおっかないし、心配してたらアジアなんか旅できない。

 

そして、西成区は見まごうことなき、ドの付くほどのアジア真っただ中である。何しろ、現代日本で唯一、暴動が起きた街なのだ。

 

こう書くとアジアの悪口も言っているようだが、そうではない。自分は学生の頃、マレーシアに行って以来、アジア諸国のそのエネルギーというか活気と、かつての日本のような、良い意味でのユルさが大好物なのだ。この界隈にはまだ80年代の昭和の味わいが残っている。

 

新今宮駅高架下の「権兵衛」のホルモン焼きそば400円も、80年代昭和、あるいはアジアの屋台で食べてるようで、味も格別。モツ特有の臭みはほんのわずかあるが、それ含めてモツのうまさによる破壊力が、焼きそばとしてはケタ違い。まさしく本能にガツンとくるような、問答無用なうまさがある。


それにつけても、暴動が起きるというのも、一般的には治安の悪いイメージを受けるだろうが、なんだか街自体に野生動物のような魅力を感じてしまうのである。

この旅でも、翌朝朝食に近くのコンビニでパンを買うのに列に並んでたら、小っちゃいおっさんがシレッと割り込んできたのも、なんか笑ってしまった。たくましいな~と。

 

90年代以降の金太郎飴のような、全国均一化した繁華街や地方都市の景観は、日本をつまらなくさせた諸悪の一つなのは間違いない。

しかし、難波以南から花園あたりまで、不思議な活気のある街から、うらさびれていく独特の雰囲気は、夕まずめの赤い空気の中、確かにどこにもない、ここだけの景観として息づいていた。

 

飛田新地も初めて潜入したが、とんでもないルックスとスタイルのレベルの高さと、古い建物含めた、その良き昭和感あふれる情緒に、これまた歴史遺産として残していって欲しいな~と心から思った。

 

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ナンバで翌日からの移動に備えて青春18きっぷを探す。もう大概安くなっているはず。
だが、最大手のチケットショップの値段は、超強気の1回残り3500円。2回残りでも6000円と、なんつー殿様商売。しかもまだ束で残ってる。残り5日で捌き切れるのかこっちが心配
になる。売れないと単なる紙切れじゃん。

交渉するのもバカらしく、すぐ次を探す。店がなかなか見つからないと思ったら地下だった。そしてビンゴ♪1回あたり2000円で3回分ゲット。これで一安心。

 

で、19時から大阪BBガンでのサバゲーに参加。これも2000年前後に一度来ているから、18年ぶりくらいの2度目の参戦となる。
驚くことに、まだデータが残っていて、追加料金もなしにカードを再発行してくれる。感謝。

マイクロSDカードが不調で動画はないですが、以下、メモ書きによる参戦記に加筆しました。

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180905
大阪インドアCQBフィールド「BBガン」
フィールドは2つあり、オフィスフィールドと上のディメンションフィールド。まずは比較的広い方のディメンションフィールドから。
3ゲーム目でようやく初ヒットを取れる。

 

4ゲーム目もディメンションフィールド。
2対2の戦い。
敵の背後に入り込むのに成功するが、音から味方が敵を倒したと思ってたら、ヒットしたのは実は味方だった。
敵の後ろにスニーキングで入り込み、二階の敵スナイパーの真下に位置して、動いたところをゲットするが、終わったと思ってノコノコ出て行ってヒット。「もういないですよね?」って声掛けたのが敵で、「いやいやいや(笑)」ってまるでコント。

 

自分の他は3人組の1グループのみの状態。お願いしたら、1人ずつ相手してくれる。

で、ついに念願のオフィスフィールド。
1人目、 断続的な射撃で釘付けにして、通り過ぎざまゲットしようとするが、逆に撃ち負けた。1人で敵拘束とトドメの二役は無理があるか。とはいえ、敵の冷静な迎撃は見習いたいものである。

 

2人目、スタート地点の部屋まで追い込んで(ゲームスタート後はフィールドになる)、走り込んで裏を取ったら注意される。ルールでは止まれる速度までとなっていたが、狭いので駆け足程度でも危険なのかも?

 

最後の1人は、デスクごしに鏡みたいに影が見えたので、おとりで2、3発撃って、反対側を一気に進むと裏を取れてゲット成功♪

 

その後、その3人組さんは夜食を買いに行き、自分1人になる。話しかけても反応薄かったから、「なんやコイツ?」って思われてる??


あまりにヒマなので、お願いしてスタッフのK山さんとオフィスエリアで1on1。ゲーム前にリボルバーを持っているのが見えたので、弾数を消費させたら勝てるかなと思い、激しい銃撃戦に巻き込み、頃合いをみて前に出るが、バンバン撃ち返してきてヒットされる。


終わって「やられました」って話しかけてみると、持ってるのはグロック。 「あれ?リボルバー持ってなかったですか?」って聞いたら、お客さんのいじってただけだそう。得意の、必殺ザ勘違い⊂︎(´ω`⊂︎⌒︎⊃︎

 

その後も前に出るタイミングが相変わらず早過ぎたりで良いとこなし。
しかしサバゲー女子が1人で参加してきて、スタッフさん合わせて3対3のゲームができるようになる。

一度だけ自分1人でゲームを畳めたが、ヒットされる方が多かった。

 

そして夜間パックの3時間もラスト1ゲーム。フィールドはディメンションフィールド。開幕ダッシュ(走らない程度に)で敵戦線に潜り込むべく、ルートをゲーム前にチェック。


しかし、真ん中しかルートはなく、両サイドは通路もない。嫌な予感がするが、ゲームスタート。
仕方なくダッシュするものの、通路を横切る前にヒット。フィールドを熟知している敵常連さんが、開幕すぐに唯一の通路を遮断できるポイントにつき、迎撃した模様。くやしい~。

 

しかし、2000年前後に来てから実に18年ぶりくらいのBBガン再訪となった。オフィスフィールドは狭いものの、記憶通りの楽しいフィールドだった。ここは3対3までが適正人数かなー。

 

二階のディメンションフィールドは、左右も通路
ができればもっと動きが出て、膠着しにくくなるんじゃないだろうか。中央一ヶ所だけがルートは無理がある。

しかし、まあおそらくは、全体的に狭めのフィールドなんで、大人数戦で混戦にならないように、あえてそんな作りになっているのではないだろうか。フィールドのキャパとしては、5対5くらいで適正、8対8だと、もう通路で溢れる感じになる気がする。


ファーストのインドアフィールドも今年始めに閉まったみたいだし、老舗フィールドとして今後も頑張ってもらいたいと思います。

 

システムとしては、各自渡されたカードを画面にかざしてエントリー後、時間がくると人数が多いフィールドが選ばれ、ついでに自動でチーム分けもされてゲームが始まる、面白いシステムでした。

しかし、様子見のプレイヤーが多く、誰もエントリーしない時間も数十分あったりで、それをスタッフも放置状態だったのは、ちょっと残念だった。
まあ多分台風のせいで参加者が少なかったのもあり、普段はもっと活気があるんだろう。オフィスフィールドは、知る限り唯一で楽しいので、こんなフィールドが増えると面白いのにな~。

 


180906
6日にようやく大阪脱出となる。結局3泊も足留めを食らった。朝湯に浸かり、7時から開いているホルモンうどん屋「きらく」で腹ごしらえして出発。これはさらに臭みもなくうまかった〜。ホルモン本当に奥が深い。


予定の電車に先回りして、新大阪でちょっと降り、手早く老舗和菓子屋の有名なおこわ「とん蝶」を3つ手に入れる。一つ350円。

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改めて湖西線に乗り、延暦寺を左手に、右手に雄琴温泉を見ながら北上する。天気は今ひとつだが、山と湖の対比はいい。
しかし、ソープ街で有名な雄琴温泉は周囲にたいした都市もないのに自然発生したとしたら、やはり延暦寺の修行僧が太客だったのかな~。冤罪だったらごめんネ。

 

敦賀到着乗り換えで時間があり、ちょっと外に出てみる。そば食べたかったが微妙に時間がなく、お土産品を見ただけで乗り換えを急ぐ。

 

あ、でも年縞(ねんこう)博物館には行ってみたかった。世界に数ヶ所しかない、正確な年代をなんと1年単位で測定できることで有名とやらの年縞が、水無月湖の湖底に眠っていたとか、ロマンの香りしかしません。残念ながら、もうすぐ9月中旬にグランドオープンらしい。

おそらくNHKがドキュメンタリーを制作するだろから、それ観てから来てみたいところ。
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ここで、ちょっとした出会いが。といっても人間でも、ましてや艶っぽい話でもなく、ホームのベンチに座っていた、このお方で大事なことを思い出したのだ。

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そだ!福井には恐竜博物館があんじゃん、忘れてた!!

 


その2へ続く