ウクライナ人の弟子の話

 

 

 

2016年になって、ウクライナ人の少年が弟子になった。

ロシア系の移民二世でマイケル(ロシア読みだとミハエル)といい、まだ14歳だが、すでに172cmの自分より背が高い。 何故かナチス軍装大好きな親父さんと一緒によくゲームに参加していて、弟子になりたい理由を聞くと、マーシャルアーツや剣道を習っているということと、2015年のチェリオナイフキルチャレンジに大層刺激を受けたとのこと。
 
 
 
自分としても自分なりの戦術論を人に伝える勉強になるので、以来サバゲに行く時に乗せていったり、質問に答えたりして、空手キッドのミヤギさんのような役をしている。 しかし何というか、人を導くというのは実に骨の折れるもんであるな~と実感するばかりというのが現在のところ。
 
 
 
自分が彼にまず最初にアドバイスたことは要約すれば二つ。
 
1、相手の心理の隙を突けば、10mまでは簡単に近づける。腕を上げたいならハンドガンで20mまで近付いて射撃するように。
 
 
 
You can easily get closer within 10m to the enemy exploiting his mind blind spot. Use handgun as a primary weapon to enhance your skills, but never open fire over 20m.
 
 
 
 
2、残り5mを詰めるナイフキルは特殊なスキルであり、しかもチームの勝利には貢献しないので、そればかり狙わない。
 
 
 
 
Knifekill is required some different skills like sneaking up last 5m, n knifekill itself does not contribute to team win. Forget knifekill.
 
jl
 
 
 
しかし困ったことに、ミハエルおれのゆーことちーとも聞いとらん_(:3 」∠)_
ハンドガン持って飛び出したのはいいが、遥か40m先の敵に発砲したり(当然届きもしない)、手製の木で作ったナイフ一本で特攻を仕掛ける始末。挙句にフェイスブックやクラブチームの掲示板で、チェリオをリスペクトして自分もナイフキルスペシャリストになると高々と宣言までしてしまう。
 
jこ
 
 
ち、違う。そうじゃないんだ、おれの伝えたいことはミハエル。。 しかもミハエルちょっと困ったちゃんで、他人の武器や装備品をすぐに借りたがるところがある。 ちょっと注意したが、本人の言い分だと「相手をリスペクトして丁寧にお願いしてるんだから何がいけないの?」 とポカーン状態。 つい最近には、去年自分がメインウェポンで使っていた木刀をどうしても使いたいと言ってきたのを断ったところ、クラブチームの リーダーに使用許可の打診をして、再度懇願しにくる始末。
 
 
 
これには頭にきて、「前にも言ったように、木刀使用の許可はリーダーが特別に自分にだけ出してくれたが、長さ50cm までと規定された今年からは使っていない。例外はよくないからだ。当然使わせる訳にはいかない。」 と厳しく言って、「むやみに他人の好意を当てにするのはよくない。評判はクレジットカードのようなもので、プールしなければいつまでも使うことはできずトラブルになる。それに自分が相手にとって価値のある人間になれば、相手から装備を使って みるかオファーしてくるようになる。Beggar(クレクレちゃん)になるな、サムライになれ」 と説教する。
 
jj
 
 
 
しかし、フェイスブックのメッセージのやり取りで説教している内、自分自身のことにふと思い当たる。 これは、この説教は、過去の自分、いや多分今でもある自分自身のダメな部分にも言えることだ。
過去のことがフラッシュバックする。ニュージーランドに来る前、2007年か2008年か忘れたが、自分は自身の愚かさで 地獄を味わった。今だから笑い話として振り返れるが、Hideの真似をしてドアノブで首を絞めてみたり、千葉のドリーム牧場まで 行ってバンジージャンプで飛び降りの疑似体験をしてみたり(笑)と、かなり病んでいた。
 
 
 
まあそれほどまで追い詰められていたのは事実だが、何があったかというと、地元のサバゲチームのリーダーの不評を買ってチームを追い出されたというだけの話である。
 
具体的に思い当たる原因は、東京に転勤になった自分がお世話になったサバゲの先輩のHPの掲示板に、あまり関係のない書き込みをしたことが直接的な理由だが(その先輩が昔小説を書いていたという話題から、自分もいつかは小説が書きたいという話をしたように思う)、その先輩がモデルガン関係で有名人だったためにリーダーが激怒し、放出処分にされた挙句、 一方的に極悪人に仕立て上げられ、さらにそれを流布されることになった。
 
 
 
 
他の同郷のチームで仲の良くして貰っていたサバゲ仲間は、「殿ご乱心」という表現を使って客観的に理解してくれたものの、 当時の自分にとって居場所を奪われることは地獄に等しく、正月のミーティングに土産を持って頭を下げに行っても徹頭徹尾完全無視で、本当につらかった。
 
 
 
自分としては、広島に比べて一体感のない地元岡山のサバゲ界をまとめられる力を持ったリーダーを、神輿に担げるだけの人物と思い、 敬意を払っていたつもりだったが、実のところ甘えていたばかりだったのだろう。 先輩の掲示板への書き込み事件はキッカケにしか過ぎず、それに至るまでリーダーの堪忍袋を刺激し続けてきた自分の過ちが根底にあったのだ。
今まさにミハエルのやっていることが、まるで花粉症が発症するように自分の容認できる範囲を超えたように。
 
 
 
 
 
これはどういうことなのだろうかと考えてみる。おそらくミハエルにちゃんとした成長の道筋を示してあげれるかが問われているんだろうと思う。同時に自分自身にも。
 
自分はクズな人間だけれど、ここNZでサムライの心意気を大事にすることで、自分が期待する以上の人間関係に恵まれることができた。最初はチンチクリンの東洋人というイメージくらいしかなかったことからすると、知らないようなキウイからも親しく声を掛けられ、まるで自慢の様に「チェリオはニンジャのように消えるから気を付けろ」と友人のプレイヤーに紹介してくれるのは、気恥ずかしくもあるものの、有難いと心底思う。
 
 
 
そして荒療治ではあったものの、自分を見つめ直す機会を与えてくれた元チームのリーダーにも感謝する他ないと、痛みが無くなった今では感じる。己の傾きを自覚し得ない個性など、傍から見て痛々しいだけなのだ。それを自覚できたからこそ、自分の行動を律する柱ができた。それなくしては、人から本当の意味で尊敬されるということは、ないんじゃないかとすら思える。
 
 
今度は自分がそれを伝えていく役目を、仮にも師となった以上していく責任がある。重いが、それが自分なりの恩返しだと思う。
 
 
 終わりjj