ビートたけし、マヂラブネタを強制終了「これ、優勝しちゃったの?」

家にはもう何年もテレビがない。なければないでスッキリしていいが、M1グランプリがみたくなってもリアルタイムでみれない。

 

で、二日くらい遅れで、GYAOでネタだけあったのでちょこちょこチェックしてみた。

しかし各ネタ区切りで順番もバラバラになっている。さらに全体通しでみれないので、司会進行も審査員評も点数もないのでは、どう盛り上がっていたのかさっぱり分からない。

 

驚愕したのが、マジカルラブリーのつり革ネタが優勝したネタとは思えなかったこと。動画の順番が最初だったことも影響しているのかもしれない。いわゆる、“あったまった”状態でみれた訳ではないから。

冒頭はちょっと動きで笑えたが、途中からマンネリ感があり、明らかに失速していくように感じれた。

 

これはあらびき団案件で、東野さん藤井さんがいてこそ、笑いが引き立つのではないだろうか。薄味ではないが、弱いとしか言いようがない。

優勝するに値するというなら、何年後かにみても笑えるものでなくてはならないはず。

 

これを最高に面白いという空気があったなら、それはその場の「同調圧力」みたいな、今の日本ならではのものがあったからじゃないかと思う(また、M-1グランプリ後も、つまらなかったという感想を述べることも、非難されるような空気感があるのもそう)

 

というか、ほかの決勝ラウンドに進んだ組も去年に比べると小粒感が否めない。

一番仕上がっていて好きだったのが、インディアンスだったが、決勝ラウンドにも進めなかった。

マジで??観客を、かまいたちのレベルでいじれたの、唯一インディアンスだけだったけどなー。相当のウデがないと無理だよ。

あとは、見取り図、錦鯉、オズワルド、ニューヨークの順で面白かった。

でもどれも今一つ爆発力が足りない。去年2019年が面白すぎただけなのか?

 

ネットを調べてみると、思った以上に論争になっていた。特にマジカルラブリーとおいでやすこがへの評価が割れている。

漫才だ。いや、あれはコントであって漫才ではない。の水掛け論になっているが、それも違和感がある。

 

他にネットで面白かった意見が、ミルクボーイの「これ漫才ちゃうか?」のネタになるというもの。上手い!

 

あと、「生で見ると面白いのではなく、面白くないと言えない空気が面白いと言わせているんだよ。鬼滅と一緒。」

も鋭いと思った。

 

個人的には、単純にあまり面白くなかったことに尽きる。レストランのネタも、ひたすら歌い続けるネタも、ツッコミを無視する目新しさはあるが、例年の最終決戦に残れるほどであるかというと疑問が残った。てかどちらも無駄にしつこい。

 

また、漫才かそうでないかの議論では、センターマイク一つで完結しているかも基準になると思うが、ラジオで聴いて笑えるかどうかも基準になるのではないだろうか。

“話術の素晴らしさ”を楽しむのが、漫才の大きな魅力であるからだ。

その点、映像の有り無しが笑いに大きく影響するのが、コントと漫才の違いのような気がする。

 

叶うことなら、漫才の定義や基準については、松ちゃんがきっと彼なりの一家言があるはずなので、それを明らかにしてくれたらと思う。

これまでも松ちゃんは、日和った評価なんて一回もつけていないし、面白ければ何でもいいという基準でもないはず。

(後日、松ちゃんの見解がネット記事になっていた。消える魔球を見た、プロと素人との反応の違いと捉えていた。飛び道具としては認めているけど、松ちゃんは最終票はおいでやすこがで、マジカルラブリーに入れてないから、面白さでは劣ると見てたのかな?)

 

しかし、今回の騒動はM-1グランプリ自体にもケチがついてしまった感じがする。来年も楽しみという感じがかなり薄まってしまった。

少なくとも、漫才の定義について、主催者側は明確にする必要が出来てしまったんだと思う。

 

とにかく、マジカルラブリーとおいでやすこがが、今後どう売れていくかは見ものだろう。大衆の望んでいるものであれば売れるはず。

おいでやすこがは、歌ネタやるより、役者の方が向いている気がする。鬼滅の刃の実写版つくるなら、大正時代の雰囲気にぴったりだろう。

 

マジカルラブリーはどうなるかさっぱり分からない。

それこそ鬼滅の刃と一緒で、消費し尽くされた後に、まだ残っているかどうかで、本当の評価が現れてくるはず。R1グランプリでも優勝したみたいなので、実力はあるだろう。

これが新しい笑いの潮流なら、それを理解できない自分は、単に感性が古いということに過ぎない。

まあいずれにしろ、あと何年か後で分かる。ジブリのようにホンモノなら、時代を越えて語られるし、そうでないなら両方忘れられていくことだろう。

 

ただ、この感覚は、三代目プリウスのデザインを初めて見たときに似ている。これが未来だというのなら、そんな未来はご免だと思った。

初代プリウスのオリジナリティ溢れるデザイン、二代目のクリーンなデザインに対し、三代目プリウスの小手先だけの醜いデザインには、今でも魅力も未来も、何も感じない。

 

しかし、それで別に誰が困っている訳でもない。世界は回っている。そういうものだ。

 

最後に、最もしっくりきたネット記事で、たけしさんが、多くを代弁してくれた感じなので載せておきます。


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