十年くらい前に初めて書いた小説が出てきたので備忘録代わりにアップ。「武装中学生」という公募設定があり、登場人物を使って応募したものの、箸にも棒にも掛からなかった思ひ出_(:3 」∠)_

右端のキャラ一三四(にない)ゼンジを主人公にしてみた
『武装中学生 応募作品』
【1.序章 一三四(にない)ゼンジ】
春の終わりの午後の弛緩した空気の中、一三四ゼンジは授業も上の空でぼんやりと窓の外を眺めていた。
のどかな昼下がりの中庭といいたいが、東都防衛学院の広い芝生の中庭には、去年2025年に自衛隊を退役したばかりの155mm榴弾砲、通称FHが鎮座し、その横にはFHの砲弾、さらには巨大な戦艦長門と、大和の2m近い主砲弾まで並べて立てられている。
普通の学校ではあり得ない景色とはいうものの、うららかな陽光の下、チョウがゆっくりとFHの横を飛び過ぎるのをみていると、それなりに平和な光景といえた。鳥のさえずりに混じってかすかにディーゼル音が近づいてきている。
先生に叱られる前にゼンジは黒板に視線を戻す。が、心はまだ記憶を漂っていた。
東都防衛学院に入学して1年。中等部2年目となり1ケ月も経つのに、思えばいまだに場違い感の消えない学校生活だ。
両親のように立派なメディカルオフィサーになるのを夢見て、自分を鍛えるため入学したというのに、実技、とくに演習の過酷さにはまるで馴染めそうにない。10kg以上の装備品と4kg近くもある89(ハチキュウ)式小銃を身につけ、一昼夜行軍させられることさえあるのだ。
しかもその2回生になってすぐの行軍演習でリタイアしたのは、クラスでは自分だけという事実。女子でさえ脱落しなかったというのにだ。スリーマンセルでユニットを組む、遠藤マホと真柴ソウイチの励ましと気遣いも無駄に終わった。
(仕方なかったんだ)
足裏のマメも何個も潰れたし、肉離れもしてしまった。運が悪かったんだ。不可抗力だ。
でも心のどこかで、鉄を舐めたような苦い思いがフラッシュバックする。
(ほんとうは期待されるのが重かったんだ・・・)
その思いがゼンジに痛みをもたらすのと同時だった。ドカーンという轟音と地響きと共に、窓からの景色に異様な物体が出現する。中庭を隔てた向かいの校舎を突き破り、戦車——自衛隊から供与されている10(ヒトマル)式が顔をのぞかせるように閣坐している。一瞬騒然となる教室。
しかし教員の指示は明瞭的確で、生徒の皆は瞬時に動揺を沈め、与えられた命令「静かに!総員退避。グラウンドにて待機」に無言で従う。教材はそのままに、サバイバルキットと貸与されたハンドガンの入ったバックパックを背負い、ケブラー製の鉄帽を被りグラウンドへ整然と移動する。
常日頃から非常事態を想定した避難訓練は行われているが、主として予想される東南海地震に対してであり、ハンドガンまで携行して避難するのは、非常事態で悪化する治安に、生徒も抑止力となることを期待されてのことである。
戦車の学院高等部への供与も、学院の特殊性への当局の期待の現れであったのだが、今回の事態は東都防衛学院のもつ非日常性の極めつけの一例だろう。幸い、戦車の突入した統合シミュレーションルームは無人で、窓ガラスが派手に割れ、校舎に穴が開いただけらしい。
【2. 遠藤マホと真柴ソウイチ】
「単なる生徒の操縦ミスだったって。修正と独房入りらしいよ」
放課後、耳の早い生徒がさっそく報告しているのを横目に、ゼンジが無言で帰り支度をしていると、マホが話しかけてきた。
「ねえゼンジ、スリーマンセルの自由研究の発表はどうする?」
「え?ソウイチはどうしたいって言ってる?」
「ソウイチは・・ゼンジの戦術スキルを活かしたいって言ってるわ」
「あんなのマグレだよ。たまたま上手くいっただけさ」顔が赤くなる。
「でも去年の練武祭の戦術シミュレーションで、高等部でも上位のスコア出したのゼンジだけよ。みんな知ってるわ」
中高併催の練武祭は、生徒の戦闘能力を多角的に評価する競技会であり、徒手格闘・銃剣道から射撃、戦略や戦術シミュレーション等のいずれかへの参加が義務付けられている。ゼンジは体力にも射撃にも自信がなく、しかたなく参加した戦術シミュレーションで高等部の生徒も手こずったプログラムを攻略したのだった。
しかし実際のところ、ゼンジにもなぜ自分が攻略できたのか確証はなく、ただ攻略に没頭していた瞬間の、なんというか“生きている”感をわずかに思い出せるだけである。普段の戦略戦術理論の授業では、あまりとび抜けた成績という訳でもない。
それよりも困るのが、教官から戦術特別研究班への参加を求められたり、こうして自分にそういう能力を期待されることだ。ただでさえ赤面症で注目されるのは苦手なのに。
「そうだよゼンジ。お前の能力を活かして、オレたちスリーマンセルにしかできないオリジナルかつエキセントリックな発表をしようぜ!スタンリー=キューブリック監督の『時計仕掛けのオレンジ』みたいにさ」
遅れて会話に参加してきたソウイチが、いつものように映画を絡めアツく語ってくるが、なんだよ時計ナントカって。
「・・ああ、考えとくよ。じゃあ」
適当に濁してゼンジは教室を後にする。不服そうなマホの声が追いすがる。
「あっ、待って!今日せっかく情報室借りて3人で課題研究しようと思ったのにー」
「あーあ行っちゃったよ。あいつも素直じゃねーな〜。まあ今日はとりあえずオレたち2人で考えよう」
プンスカするマホをなだめながらソウイチは思う。
ゼンジは行軍演習のリタイアに引け目を感じすぎてるんだよな。オレたちチームメンバーどころか自分にも信頼感を持てないでいる。
でも、ゼンジの心になにか引っかかるものも感じる。両親を亡くしたゼンジには、自分には計り知れない空洞がポッカリ心の中に空いてるんじゃないだろうか・・。自分たちにできることはあるんだろうか。
【3. 神谷公子】
「ほう・・。では神谷三尉は彼の指揮官としての素質については、特別なものを感じてはいないということでよろしいですな」
戦車暴走事故の聴取で東都防衛学院を訪れた神谷公子は、帰り際に戦術シミュレーション担当教官に呼び止められ、他の戦略戦術担当教官もいる研究室で一三四ゼンジについての所見を訊かれた。もっとも一学年90人の一人ひとりの個性を、演習の際会うだけではまだ把握しきれず、前回リタイアした時に印象に残った、ゼンジのどこか後ろ向きな心模様を感想として述べたまでだ。
先任将校といった感の貫禄ある教官が再び口を開く。
「ご存知のように彼は戦術シミュレーションで優秀な成績を残しており、我々戦術担当教官も指揮官コースへの推薦にやぶさかではないのですが、体力面は規定の要件を満たすものの、おっしゃられるように精神面での今ひとつといった弱さがネックになってるんですな。
しかし隊レベルでの実戦での戦闘力や生存性を重視した場合、彼のような特に機を読む戦術眼を持った士官の育成は必要不可欠であり、その点では彼、一三四善司の戦術センスは本校始まって以来のものと認識しております」
「確かに第二次世界大戦時のドイツのように、例えるなら一匹のオオカミに率いられた羊の群れは、一匹の羊に率いられたオオカミの群れに勝るというのが、実戦で力を発揮する組織と言えますが、現時点での用兵センスを含め、指揮官として推薦するに充分な要素を見出し得ません」
公子は半分首肯しながらも、特定の生徒を特別扱いすることはしないと、言外に強調する。
周りの教官がたじろぐ中、貫禄ある教官長は包容力のある微笑をたたえつつ、確信をもって答える。
「そう、戦争の才能というものは平時には見出しにくい才能です。現に通常の戦略や戦術理論の講義では取り立てての成績を彼は残していない。
しかし、二次大戦のフィンランドで、圧倒的強国であるソ連の侵攻から祖国を救う際に最も才能を発揮したのは、戦前まで小学校の校長をしていた前線指揮官ですからな。我々はそうした才能を発掘するのも、国防の一環として重要と考えております」
「・・分かりました。その点については異論はありません。今後の彼について注視していきます。しかしやはり特別扱いはしません。すべては彼自身の成長に掛かっていますことをお忘れなく」
「承知しております。我々も彼に戦術特別研究班への参加を強要しなかったのは、彼自身の成長を望んでのことです。馬を水辺に引っ張っていくことはできても、無理やり水を飲ませることはできませんからな」
【4. 先生と生徒】
数分後、戦術研究室を後にした公子は、廊下でまた声を掛けられる。
「あれー、神谷先生じゃないですか!どうしたんですか、ため息なんかついて??もしかして事故のことで?」
「ああ、一三四と同じ班の遠藤か。まあな。真柴も一緒か」
「はい、これから自由研究の件で情報室に行くところです」
不思議と先生先生と公子になついているマホが、ソウイチそっちのけで元気に答える。
「発表はスリーマンセルでだろう。一三四はどうした?」
「帰りましたぁ!」
即答するマホに、アイターという表情のソウイチ。マホはなおも屈託がない。苦笑しつつ公子はつぶやく。
「そうか、帰ったか」
これではいくら周りが期待しようが、モノにはならないだろう・・。
「あっ、でも先生!きっと彼はやって来ます」
「根拠は?」
「さあ。でも行軍演習でリタイアした後、彼一人で泣いてましたから」
「それじゃ根拠にならないだろう」
「でも私、信じてます」
「神谷教官!オレも来ると信じます」
まだ目が納得していない公子に、ソウイチが初めて口を開く。真っ直ぐな視線に、先ほどの戦術教官との会話を見透かされたような気がし、公子は目をそらす。
「それより先生、私たちの研究のリサーチにちょっとだけつきあってもらえませんか??」
「そ、そうか。何をするつもりなんだ?」
戦術教官とのやりとりでは自分は正論を述べたまでで、後ろめたさを感じる必要はないのだが、生徒の純粋さに自分の姿が浮き彫りになる。
・・・そうか、私はまだ一三四を信じていない。教官が生徒を信じてやらなくて、誰が生徒の才能を伸ばせるというのか。
「えへへ。オンラインFPS(ファーストパーソンシューティング)における戦術理論の実践と評価です」
「ゲームじゃないか。・・・まあ、いいだろう」
後ろめたさか・・、いや、一三四が来るかどうか見届けたいだけだ。と自分に言い聞かせ、一緒に情報室に向かう。もし来なかったらと思うと、やはり生徒を信じ切れなくなるだろうことに迷う気持ちもあるが、今日の臨時出張は定時までの帰還の義務もなく、時間の余裕もある。
それになにより、一三四善司という生徒に興味を持ち始めてもいた。
【5. 天体観測】
期待への反発から、勢いで学校を出たゼンジだったが、家に帰る気にもなれず街を当てもなくさまよっていた。が、何をしても気分が晴れない。結局いつもの大型電器量販店の光学機器ブースで、ぼんやりと新発売の天体望遠鏡を眺めていた。
なぜ人は人に期待なんてしてしまうんだろう?期待される自分というのは本当の僕じゃないじゃないか。
期待されるのが怖かった。それに応えれる自信のなさやプレッシャーにおののき、いつも逃げ出してきた。
でもそうやって逃げてばかりだと、やがて今度は己の存在の軽さに耐えられない時がやってくる。
が、ゼンジはそのことを肌で感じ恐れながらも、自分を信じることができずにいた。いや、本当はゼンジ自身が他人を信じることがどうしてもできなかった。
———期待されるのが怖いんじゃない、期待するのが怖いんだ。
おそらく、両親を亡くした時に一緒に無くした思い。決して満たされることはない飢餓に似た痛み。だから必死で忘れようとし、期待されると逃げ出してきた。自分が期待なんてしてしまう前に・・・。
「どうした?一三四くん、元気ないじゃないか」
顔なじみの店員柳川が声を掛けてくる。常連になったゼンジの苗字を珍しがって、いつも苗字で呼んでくれている。
が、正直なところ、最初はあまり構われるのも気が引けた。両親が亡くなって以来、ゼンジは人付き合いそのものが苦手だった。
それでも同じ天体観測という趣味を持つ、親と子ほど年齢の違う柳川との会話は、不思議となごむものがあり、それが定期的にこの店へ足を向ける一因ともなっていた。
「おじさんもね〜、困っちゃったよ。娘がパパのパンツは別に洗ってって言うようになっちゃったんだ」
「柳川さん家族いたんですか?てっきり独身かと思ってました」
「一三四くん、いくらおじさんモテそうにないからってそれは傷つくな〜」
「ゴメンナサイ」ふっと心が軽くなる。
「柳川さん、仲間ってなんなんでしょうね」思わず口に出た。
「そうだな〜。おじさん何してもヘタだったからなー、失敗ばかりして仲間のみんなにはずいぶんと助けられたよ」
「でも期待を裏切ってばかりだと仲間に見捨てられないですか?」
「それは半分間違いだよ、一三四くん。いいかい、人は他人に思われたように育つものさ。仲間が信じて期待してくれたからおじさんは頑張れた。
でも、もし頑張れないんだとしたら、それは信じてもらう前に、仲間を、そして自分を信じてないからじゃないかな。おじさんはそう思う」
痛いところをつかれ、言葉につまるゼンジ。
「・・・でも期待されるのが重いんです」
「それはあるかもしれないね。でもなにも期待されないよりはずっと幸せなことなんだよ。ほら、よく言うじゃないか、好きの反対は無関心ってね。好きだから期待してくれるんだ。それは信じていいことだよ」
(人は他人に思われたように育つ・・・期待されるということは信じてもらってるってことなのか)
思案顔のゼンジ。
「そうだ、一三四くんに聴いてもらおうと思ってCD持ってきてたんだ」
「今どきCDですかぁ」
「まあいいから今掛けるね。おじさんが一三四くんくらいの中学生の頃によく聴いてたんだ。これは『天体観測』って曲なんだよ」
古めかしいCDウォークマンのイヤホンを耳にすると、不思議と懐かしいような気持ちになるギターイントロが流れ、感情を抑えた感のボーカルが淡々と歌い始める。
人を想う純粋な気持ちと痛み。もう来ない人を待ち、それでも信じることの意味。
その痛みはたしかにゼンジの知っている痛みだった。どうしても欲しかったのに、でも手を伸ばすことすらできなかった。
ボーカルの感情が爆発すると、自然とゼンジの頬を涙が伝った。
行かなきゃ。父さんと母さんは死んじゃったけど、僕にはまだ信じてくれる仲間がいる。
(ありがとう。これ借りてくね)
他のお客に接客している柳川さんにジェスチャーで伝える。ニコッとする柳川さん。
(まだソウイチたち情報室にいるかな)
ゼンジは駆け足で学校へ向かった。
【6. ホワイトフェザーとエリアス伍長】
「神谷先生、あたしって結構強いですよ。コンフリクトじゃ結構有名ですから」
情報室のPCをオンラインFPS「コンフリクト」に接続しながらマホは得意そうに語る。
フンフンと鼻歌を口ずさみながら、脳波インターフェイスでもあるヘッドギアを装着するマホ。ソウイチはあまりゲームは好きではないが、コンフリクトは教材で取り入られていることもあり、ある程度は経験がある。
バーチャルリアリティーの中、脳波コントロールでキャラクターや兵器を操作するコンフリクトは、米軍が兵士の初等訓練用に開発してから爆発的に広まり、軍組織、民間を問わず愛好者は多い。人により技量に差がある面倒なコンソール操作が、イメージするだけに代わったのが大きいといえる。
マホのハンドルネームは「ホワイトフェザー」、ソウイチは戦争映画の最高峰からとった「エリアス伍長」。
オリジナルに敬意を表して、自分は階級を下げているのがソウイチのこだわりだ。
戦場を選択するマホ。コンフリクトは衛星写真さえあれば、ほぼ正確に任意の戦場を構築できるのが特徴で、ビル等の内部構造をビデオ撮影したものをアップロードすれば、室内空間も自動的に再現される。
国内の戦場からマホが選んだのは秋葉原だった。
「えー!アキバはないっしょー。しかも平成って」
「うっさい、2回生になってまだ行けてないもんね」
マホらしい強引な理屈に公子も思わず笑ってしまう。
「神谷先生に見てもらってると燃えちゃうな。今日はゼンジがいないから戦術はよくわかんないけど、カバーし合いながら行くよ。インカムはあたしたちだけね」
「あいよー」
ポキポキと指を鳴らすマホに答えるソウイチ。
公子はマルチディスプレイのある教官席に座り、2人と戦場全体を同時に見守る。
JR改札口からスタート。すぐ素っ頓狂な声をあげるマホ。
「あっ!ラジオ会館だー、写真でみたことある。昔のアキバだこれ。今とずいぶん違うよー。それにこっちはAKBよんじゅうはち?なんだろ??」
「AKBナントカってのは確か昔のアイドルグループだ。それより戦闘に集中しろ」
公子の叱咤に気をひきしめる2人。カバーし合いながらラジオ会館を慎重に進んでいく。昔の秋葉原の景色に気をとられている内に、他の味方は散らばってしまったらしい。
「それにしても複雑な室内だし、小さい店がいっぱいだね、このラジオ会館って」
戸惑い気味のソウイチ。
「昔のアキバはカオスだったっていうしね。それより狙撃ポイントないか上に探しに行こう」
クリアリングしながら答えるマホ。2人は対角線上に位置取りしながら慎重に階段を上がる。
最上階まで上がったが、屋上へ出ることはできず、しかも窓もないため狙撃は断念する。あきらめて階段を下り始める2人。カバーしながら交互に下りていくが、先を行くマホがふいに止まる。手にしたハンドガンが一点を指している。
「どうしたマホ?」
「静かに!待ち伏せされてるみたい。別の階段を使おう」
・・が、他も一緒だった。巧妙にアンブッシュされ身動きが取れない。
「困ったなー。しかたないからあたしのスタングレネードで突貫するよ、いい?」
その時だった。ふいにインカムに変声ソフトを通した第三者が割り込んでくる。
「おやおや、アンブッシュを見抜いたのは流石ですが、人呼んで『恐怖の狙撃姫』が形無しね。『ホワイトフェザー』遠藤マホさん」
「!!!誰?!なんであたしの名前を!?」
「そんなことより、前からあなたにはムカついていたの。『恐怖の狙撃姫』だなんておだてられてるけど、ゲームじゃなくてリアルなら大の大人にかなう訳はない。東都防衛学院?、戦争のお遊戯ごっこ??」変調され、くぐもった神経質そうな笑い声がひびく。
「戯れ言はよせ!」鋭い一言と共に公子は回線をシャットアウトした。ヘッドセットを外し、ガタガタ震えているマホをソウイチが気遣う。
コンコン。ドアがノックされる。ビクッとするマホ。
「遅れてごめん!」
入ってきたのはゼンジだった。
【7. 反撃開始】
「・・そんなことがあったのか」
驚くゼンジ。差し入れでゼンジが買ってきた炭酸飲料で一息ついたマホが、思い出したように怒りをあらわにする。
「も〜〜!信じらんない!!この学校のファイヤウォール破ってハッキングしてくるなんて」
「うむ、この件は上に報告して即座に対策しないとな」
「でもどうするの?最低でももうマホの個人情報はリークしちゃったんだし」
不安顔のソウイチ。
「私ゼッタイ許さない。あいつらの正体暴いてやる」
「よせ、奴らを刺激しない方がいい」
たしなめる公子だったが、マホは納得しない。
「大丈夫です。ハッキングなら負けません。それに足跡探すなら早い方が」
端末を再び起動するマホ。
(そういえば遠藤はハッキングについての特殊な能力があるとプロファイルにあったな)
公子はもう少し見守ることにする。ハッカーなりに個人情報の大切さを感じているのだろう。
マホは初めて逆ハックされた恐怖が薄らぐと、今度は相手の情報を入手して、同じ土俵に立つことが大事だと頭を切り替えた。イーブンになれば、相手もヘタに手は出せない。
自作の解析ソフトを起動し、かすかな痕跡をたどらせる。やがてある警備会社グループが浮かび上がる。相手のコンフリクトのIDと照らし合わせて、社長と社員の3人が割り出された。先ほどマホを恫喝したのは社長らしい。
「なにこれ!?中学生にムカついてハッキングまでしてきたのが、この29歳の女社長?!しかも男の声にまでして。信じらんない」
「よし、ここまでだ。後は司法の手に委ねよう」
公子は頃合いをみて提案する。
「でも先生、奴らは自分たちの正体がばれたことに気付いてないし、このままじゃそれが抑止力にもなりません」
「どうしたいと?」
「この警備会社、エアガンショップも経営していて、そこで定期的に開催されるサバイバルゲームで社員の訓練もしてるみたいです。このアップされてる写真に女社長も写ってるし、今週の日曜に直接乗り込んで勝負します」
「サバイバルゲームでか?待て、直接会うのも危険だ」
「でもあたしリアルだと大人にかなわないって言われて、それに東都学院まで馬鹿にされたことも許せません」
「まあ確かにな。しかし・・」
「神谷教官、オレも納得いきません。そうだよなゼンジ?」
すがるようなソウイチとマホの目に、ゼンジは頷いてみせる。
「教官、僕に考えがあります。借りは返さなくちゃいけません。それに、もし心配なら教官もご一緒願えませんか」
「・・分かった。乗り掛かった船だ。だが危険と判断したら即座に介入するからな。上には私が掛けあう」
「やった!!」
ハイタッチで喜ぶ3人だった。
【8. 熊曾カンナという女】
「まんまと引っかかりましたね、姉御。リアクションが素晴らしかった。」
首にトライバルタトゥーをいれた痩せぎすな男がキーボードから手を離し、満足そうに下卑た笑いを浮かべる。
「まあな、奴の思考と行動パターンは分析済みだ。子どもに我が物顔にされては大人のメンツが立たんからな」
変声ソフトで男性声にしていた時の慇懃無礼な態度と違い、別の意味でサディスティックな本性をむきだしにする熊曾カンナ。
三十路前の美人だが、混乱期に乗じて短期間で犯罪組織ギリギリの警備会社を立ち上げたのは、
反社組織幹部の父親を持った運以上に、男もたじろぐほどの彼女自身の族上がりの残忍さがモノを言った場面も多い。
「姉御を怒らしちゃ地獄を見ちゃいますもんね」
ゴツいがいかにも頭の足りない髭面の男に、容赦なく裏拳をめり込ませる女。
「・・ずびませんでした。以後気をつけます」
鼻血を流し、さっそく地獄を見せられた髭面を冷笑しながらタトゥーの男が訊く。
「しかし姉御、今回のは金にゃなりませんぜ。せっかくハッキングまでしたのに」
「ふん、まあいい。あれはふざけたガキに教訓を与えるのが目的だからな」
「じゃあ姉御、ヘッドショット連続10回決められた腹いせにオレにハッキングまでさせたんすか?」
「・・・お前も教訓がほしいか?」
酷薄な微笑とともに、こぶしを固める姉御に、あわてて話の方向を変えるタトゥー。
「そういや東都防衛学院のガキどもでしたね。最後のは大人の女の声でしたけど」
「奴らのやってることは気に食わないね。子どもに実銃まで持たせて。まあガキがいくら銃を手にしたところで、ガキはガキだけどォ」
暗い事務所にカンナの哄笑が響いた。
【9. シグナルグリーン】
「よろしい、やりたまえ」
学長のあっけない了解に公子は逆にあっけにとられる。
「よろしいのですか?調べたところ相手は半分反社会組織のようなものです」
「報告書は読んだ。陸自の教育総監も了承している。そのために君が同行するのだろう?」
「はい」
「今回の事案は東都防衛学院の治安出動の試金石となる。非常時に生徒が適切な警察力を発揮できるかどうかのな。それに・・」
「それに?」
「当学院への侮辱にはそれ相応の教育が必要だ。手加減は無用。安心しろ、骨は拾ってやる」
そう言って、学長はいたずらっ子のようにニヤリと笑った。
【10. 武装チェック】
「よし、明日はいよいよ例の定例サバイバルゲームに参加する日だ。心の準備はいいか?」
「教官、ちょっと不安になってきました」
正直に答えるソウイチ。
「無理もないだろう。初めての実戦とでも言えるからな。だが心配ない。演習をはじめ、常日頃から“常在戦場”を忘れず訓練してきた君たちはもう立派な戦士だ。
そして今日集まってもらったのは他でもない、明日の装備品のチェックのためだ。私が用意した」
「わーL96だ。あたしがゲームで使ってるのと一緒ー」
狙撃銃を手に、はしゃぐマホ。
「先生、スコープのレンズに貼ってある、この黒っぽいの何ですか?」
「それは反射防止のシートだ。レンズが光って居場所が露見するのを防ぐ」
「そっかー、やっぱリアルだと違うんだ」
マホが感動したように言う。
「訓練で狙撃過程が入るのは3回生からだったな。一三四と真柴はどれを使う?」
「使い慣れたこいつにします」
89式を手にするゼンジ。
「あっ、ならオレは『ダイハード』でカッコよかったこれがいい」
意外とミーハーなソウイチ。
「ステアーAUG(オーグ)か、分隊支援火器仕様にカスタマイズしてあるから隊のバランス的にもいいだろう。前衛が私、火力支援が真柴、マークスマンスナイパーが遠藤だ。一三四お前が指揮を執れ」
「教官も一緒に戦ってくれるんですか?なら教官が指揮した方が・・」
皆と同様におどろく一三四だったが、公子はゼンジの目を見て言う。
「真柴や遠藤がお前を信じたように、私も一三四お前を信じる。それに考えがあると言っていたろう?」
「あ・・ハイ!」
「今回は治安出動も考えられる。支給されている9mm拳銃も忘れないように。ただしサバイバルゲームのバックアップで使うのはこっちのガスガンだ。好きなのを選べ」
マホは細身で握りやすいM1911コルトガバメントMEUを、ソウイチはフルオートも可能なグロック18C、ゼンジはやはり官給品のシグP220に近いP226E2を選ぶ。
「先生はどの銃を使うんですか?」
マホが訊く。
「私はポイントマン兼アタッカーだからな。今回は取り回しのいいM4のショートバージョンM733だな。マグチェンジの速さとかの16系の扱いやすさは、使い込めばよく分かるようになるぞ。それとBBグレネードを私は使う。使いどころが難しいが、屋内だと威力を発揮する。サイドアームはいつものFNブローニングハイパワー。こいつは自動拳銃の元祖なのに完成されていてだな・・。実に美しい」
急に饒舌になり、うっとりしだす公子。
「それにしてもこれだけのエアガンどうしたんですか??」
ふと疑問をおぼえるゼンジ。
「こ、これは・・・私の私物だ。そんなことはどうでもいい。ただ言っておくがな、マニアではないぞ、単なる・・ファンだ。お、お嫁に行けなくなることはないからな」
急に訊かれ、しどろもどろになる公子。
そんな公子にマホが飛びつく。
「アハ♪せんせカ〜ワイイ。心配しなくても先生ならお嫁行けますよ」
武器庫を持っている若奥様を想像し、思わず苦笑いするゼンジとソウイチ。
「そ、そうか?後それからこれが戦闘服。バトルドレスユニフォーム、略してBDUだ。チェストリグ等の装備品も使いやすいのを一通り揃えておいた。ホルスターもそれぞれ拳銃専用のカイデックス製だ。クイックドロウするにはもってこいだ。けっこう高いんだぞ」
そんなゼンジたちに気付かず、気を取り直して説明を続ける公子。
「やった、自衛隊と一緒の2型迷彩だ。しかも空挺仕様の細身のだ〜。女の子はシルエットも大事だもんね。訓練服のエンジ色だと東都学院ってすぐバレちゃうし」
「そうだ。どれだけ個人情報が流出しているか不明だが、フェイスマスクを付けてできるだけ面割れしない方向でいく。遠藤、スナイパーのお前には私特製のギリースーツ(偽装服)を貸してやろう」
大喜びするマホ。ゼンジはギリースーツを見てあることをひらめく。
「教官、自分も使っていいですか?」
「ギリースーツはもうないが、現地でレンジャー流の偽装を教えてやろう。もっと効果的だ」
「ありがとうございます。それと、最後にフォーメーションの確認をお願いします。教官と組ませてもらうのは初めてですし」
「そのつもりだ。ハンドシグナルはもう身体で覚えているな?」
「問題ありません」
口をそろえる3人。
「ではフォーメーションの最終確認に移る。その前に指揮権の委譲だ。
以後当作戦間、指揮権は一三四善司に一部帰属する。一三四、さっそくフォーメーション訓練の命令を出せ」
「了解。神谷三尉以下一三四班、5分で支度後CQB(近接戦闘)ルームに集合。かかれ!」
「ハッ!!」
その後、ゼンジを指揮官役とした、屋外と室内における戦闘フォーメーションの展開が念入りに試された。
【11. 出撃、戦術偵察】
まだ暗い早朝、寮の近くに公子は愛車74年式エスコートMk1(マークワン)を停める。すぐに乗り込んでくる3人。
「おはようございます」
心なしか皆抑えた口調である。
「ああ、おはよう。みんな下にBDUは着てきたな。出発する前にすることがある。各自の9mm拳銃をこのホルスターに入れて装備しろ。
腰の裏側に上下逆さまにつける、目立たないコンシールドタイプのホルスターだ。BDUの下だとほとんど判らない」
それぞれ身につけると、実銃を装備したせいか表情が引きしまってみえる。事実、東都防衛学院の生徒は、実銃を扱うことに恐れと、そして絶対的ともいうべき信頼感を、訓練を通して自然と皮膚感覚にしていた。
「よし、いい面構えだ。だが最初は普通の中学生らしく振舞うんだぞ。打ち合わせ通り、私は遠藤の姉ということを忘れるな。じゃあ出発する」
日曜日早朝の高速道路はガラガラで、約1時間のドライブで現地に到着する。ICおりてすぐではあったがかなりの山奥で、どうやらかつての健康ランドかなにかの廃墟らしく、朽ちたコンクリートむき出しの建物が山の斜面にそびえている。
エアガンショップから指定された時間よりかなり早く着いたのは、下調べをするためだ。
夜は明けていたが、屋内の暗さを考慮してそれぞれフラッシュライトを手に車をおりる。マホはL96も肩に掛けている。
「どうしたマホ?銃は今いらないだろ」
「うん、でもついでに弾道と着弾点も見ておきたいんだ」
ソウイチの問いかけにそう答えるマホだったが、単なるゼロイン(スコープ調節)だけではなく、フィールドに入っても様々な場所で試射しているのを見て、公子はアドバイスする。
「遠藤はどうやら待ち伏せだけのキャンピングスナイパーではないらしいな。私のL96A1は30mでヘッドショットできるよう組んであるが、実戦では風が読めないと狙えないぞ」
「はい先生。練習は結構したんで大丈夫と思ってたんですが、地形によって風もかなり違いますね。難しいです」
「そうだな。日陰と日なたでも若干違うからな」
納得するまでその場で試射する様子のマホを後にして、先に屋内に入ったゼンジとソウイチに追いつく公子。
屋内は開けた大浴場や高低差のある複数の小浴場、カウンターのあるフードコート跡のような広大な部屋もあり、かなり複雑になっている。なかでも山の斜面を利用して建てられたことにより、2階建ての山側の窓が、1階から斜面を伝って出入り自由な構造が特徴的といえた。そのせいで室内だけではなく、庭を含めた屋外一帯もフィールドとなっている。
「ネットの写真で見たよりかなり広い印象です。コンフリクトでもアップされてたマップでシミュレーションしてきましたが、実際は廃材で作られたバリケードもあるし、やはりゲームとは違いますね」
ライトでバリケードの裏を照らしながら言うゼンジ。
「ああ、地形をどう利用してくるか読むのがカギだ。地の利は向こうにあるしな」
「でも意外と射線は通る感じですよ。狙撃も大事そうですね」
ソウイチもバリケードや窓からの射界を確認しつつ答える。
再び屋外に出た3人はマホと合流して屋外フィールドをチェックする。
敷地は草が伸び放題で植え込みも手入れされていない。登れそうな木も何ヶ所かある。
「屋外は偽装がモノを言うな。建物からの射撃にも気をつけろ。じゃあ草木を利用した臨時の偽装を教える。ただし今は準備だけだ」
陸自レンジャー流の偽装をレクチャーしてもらった後、車でIC近くのコンビニに向かい、朝食と昼食を買いに行く。
【12. 状況開始】
コンビニで朝食をすませ集合時間にフィールドに帰ると、20人ほどのグループが駐車場そばのセーフティゾーンに集まっていた。車を停めて挨拶に行く公子たち。
「どうも、このフィールドは今日初めて参加させていただく神野です。こちら妹とその友だちです」
「いらっしゃい!今日は楽しんでいってね」
気さくに応じる小太りのエアガンショップ店長。
「サバゲーの経験はあるということですが、レギュレーションとルールの説明はいいですか?」
「はい、事前にHPでチェックしてこの子たちにも聞かせてあります」
「じゃあ弾速チェックだけお願いね。ご覧の通り、半分は本職のようなメンバーですけど、残りはほぼシロウトさんなんで気楽にしてね」
店長の言葉を受け見渡すと、例の警備会社らしい明らかにゴツいメンバーが集まったグループと、年齢も雑多な一般人グループで二分されている。
しかし、ゴツいグループに目当ての女社長がいない。
「先生、大丈夫です。女社長はいつも遅れて参加するみたいです。アップされてる写真から分析してます」
マホの耳打ち。
公子は諜報部員向けのマホの資質に感心しながらも、最後の指示を出す。
「よし、予定通り最初は慎重にいくからな。一三四もそれで指揮に慣れろ」
【13. ゲームスタート】
チーム分けではお願いして同じグループにしてもらう。まずは赤青チームに分かれた通常のフラッグ戦となる。ゼンジたちは青チームである。
奥側の駐車場に車で移動した赤チームと無線で話した後、店長が拡声器で合図する。
「では3、2、1。ゲームスタート!」
青チームの警備会社の人数はゼンジたちのいる分少ないが、猛然とダッシュする。残りの一般人メンバーは三々五々に散らばっていく。
「よし、しばらくあの警備会社メンバーについて行って戦力を分析します。ポイントマンの教官を先頭に5m間隔縦列」ゼンジは静かにインカムを通して命令を出す。
先行していた青チーム警備員メンバーは、すでに屋外フィールドを走り抜けて、建物に取りつくところまで進んでいた。やや斜め後ろに展開しながら観察するゼンジたち。
「?!あれ見て。2階の窓にしがみついてる」驚くマホ。
「窓からエントリーするつもりらしいな。どんな筋肉ゴリラどもだ」
あきれる公子だったが、懸垂で無理やり2階から侵入したのは1人だけだった。
「僕たちは1階から侵入のグループについて行きます」
ゼンジの指示に従い、前を行くスリーマンセルの後をついて行く。
カバーリングの的確さを見て公子がつぶやく。
「やはりこいつらかなりの手練れだ。敵も同様だろうから手強いぞ」
スリーマンセルの先頭が射撃を開始する。すばやく横に展開して援護する残り。ゼンジたちも支援して敵を攻撃する。スリーマンセルの1人がヒットでセーフティゾーンへ帰るが、ゼンジたちの支援もあり敵のフォーマンセルをしりぞける。
「ぷふぁー、結構きわどかったあ」
ソウイチが息を漏らす。
「でも2人ゲットはたいしたもんだよ」
ゼンジにほめられ、まんざらでもない様子のソウイチ。
「キィー、くやしー!初ゲットをソウイチに先越されるなんて。あんなのマグレよマグレ」
鼻息の荒いマホだが、やはりゲームとの違いに戸惑っているのだろうか。ゼンジは少しほほ笑む。
その後は、敵の散発的な抵抗を突破して階段へと到達する。先行するツーマンセルが様子を伺うが、どうやら2階に敵がいる様子。ゼンジはアイコンタクトとジェスチャーで同時突入を提案する。左をゼンジたち、右をまかせる。頷く警備員2人。
「2階突入後左に展開。マホは階段の死角にとどまり援護。3、2、1、GO!」待ち伏せされているので、数に任せて突破する。合図で階段を一気に上がりクリアリング。激しい銃撃戦となる。
下調べ時の地形から、敵の主力は左にいると考えたゼンジは数の多い自分たちで対処しようとしたが、敵の待ち伏せは主に右側で、左側を制圧するのとほぼ同時に、味方の警備員ツーマンセルが仕留められてしまう。
が、階段の死角からの速射でマホが敵2人を排除する。
「マホ、お手柄だよ。サンキュー」
「コツが分かってきたわよ〜。ソウイチになんか負けてらんないわ」
ゼンジの言葉に元気に返すマホ。が、むしろ公子は、ゼンジがマホを1人階段に残したとっさの判断に驚く。
(突入に失敗した時に備えて保険を掛けていたということか。あの一瞬で。・・やるな)
クリアリングしながら進んでいく4人。一番大きなフードコートのフロア前で、先頭の公子がグーのハンドサインを上げ立ち止まる。断続的に聞こえてくる激しい銃撃戦の音。
「どうやらさっき窓から侵入した味方が生き残っているらしい。一三四、どうする?」
「音からして、カウンター側に立てこもって単独で抵抗しているのが味方と思われます。フロアに点在するバリケードの敵に攻撃するには、真横にあるこの入り口から奇襲を掛けるのが最適です」
「そうだな。タイミングは?」
「次の銃撃戦が始まった瞬間に突入します。横に展開して一気に制圧。みんな、エントリー用意!」
マグチェンジを済ませドア横に待機する4人。ドアノブに公子が手をかける。
「突入!立ち止まるな」
再発した銃撃音にゼンジが鋭く命令を出す。2人ずつ左右に散開しそのまま一気に押し上げる。目線すらこちらに向いてなかった敵は、どこから撃たれたかも分からないままバタバタ死んでいく。生き残っていた味方の援護射撃もあり、10秒でフロアを制圧完了する。
クリアリング後、味方が声をかけてくる。
「救援感謝する。見事な奇襲だった。後はフラッグアタックだな」
パラトルーパー仕様の分隊支援火器ミニミをハンドガンのように扱う、黒いドクロのフェイスマスクの大男にたじろぐが、ゼンジはなんとか冷静に答える。
「はい、これまで倒した相手と合わせて、ほとんど敵は残っていないはずです。このままフラッグアタックを仕掛けましょう」
「よし、今回の殊勲は貴様の隊だ。俺は支援にまわる」
意外と律儀な大男。ゼンジが子どもでも侮ることはしないようだ。
結局、残っていた1人のフラッグディフェンスを、ゼンジの指示で包囲殲滅し、マホのフラッグゲットで青チームの勝利となった。
【14. スカルヘッド】
セーフティゾーンに帰ってフェイスマスクを外し、満足そうに一息つくゼンジ。
この独特の非日常感。普段の生活でもゲームでも決して得られない、仮にしろ実際に命を遣り取りするこの感覚。そのギリギリの状況で最適な戦術を駆使し、敵を倒す醍醐味。ヒリヒリするほど生きているって感じがする。
ゼンジは幼い頃していた剣道の試合に通じる非日常感に、とても懐かしいような感覚を覚えていた。
マホたちも近づいてきて腰を下ろす。
「いい感じじゃないゼンジ」
「そうだね、ゼンジの指揮よかったよ」
「ああ、悪くない」
公子にまでほめられ照れるゼンジだったが、不思議と赤面しないのに自分でも驚く。
と、その時、背後に気配を感じ振り向く。ゼンジを見下ろすように立っていたのは、あの黒いドクロの大男だった。ノースリーブのBDUに日焼けした筋肉質の太い腕。おもむろにフェイスマスクを外す大男。
太陽を背にしていて表情は見えない。警戒するゼンジたち。
「怖がる必要はない。同じ青チームのスカルヘッドだ。貴様の指揮を見ていた。なかなかのもんだ。今日はよろしく頼む」
そう言い残して立ち去る。
「あ、ありがとうございます。頼りにしてます!」
ゼンジが背中に声を掛けると、スカルヘッドは振り向かずに片手を上げて去っていった。
「ふ〜、あのスキンヘッドの人迫力あるね。ミニミも使ってるし、なんか『ソードフィッシュ』の全盛期頃のトラボルタみたいだ」
感心したようにソウイチがつぶやく。
「でもいい人だよ」
「まだ予断は早い。ここは敵地だということを忘れるな」
公子はゼンジをたしなめる。その時、駐車場に入ってきた大型バンを見ていたマホが鋭く口を開く。
「来た!あの女だ」
「待て、一斉には見るな。感付かれる」
公子が制止する。が、マホはもう駆け出していた。
【15. エンカウント】
女はすでにタイガーストライプのBDUを着用していた。車に向いて装備品を身につけている背中に、マホが声をかける。
「リアルでは初めまして。『スケアクロウバード』熊曾カンナさん」
取り巻きの、首にタトゥーの男が鋭い視線をマホに向け、驚く。
ゴツい髭面の大男がマホに絡んでくる。スカルヘッドのように大きく、マホからは見上げる感じになる。
「オメー何者だ?!姉御になんの用だ」
ふいに女が笑い出す。まだ背中を向けたまま装備品を身につけている。
「フフ・・アハハ。よく分かったわね。褒めてあげるわ、ホワイトフェザー」
「今日来たのは、こうして私たちもあなた方の個人情報を手にしていることを知ってもらうためと、正々堂々とリアルで勝負するためです」
気持ちで負けないように、マホはこぶしに力を込めて言う。
ゆっくりと振り返るカンナ。
「・・面白い。でも大人に、しかも訓練を重ねているプロに勝てると思って?」
後から来た公子が間に入る。
「そっちがプロと言うならこちらもプロだ。子どもだと思って舐めてると痛い目を見るぞ」
「・・・その声は。あの時の教師かなにかですか。今日は遠足ですか」
冷笑を口の端に浮かべるカンナ。
「ふ、まあな。遠足がてらの鬼退治の桃太郎一行といったところだ」
「あなたが桃太郎じゃ、こんな役者不足の手下を引き連れてだと大変ね」
カンナの挑発。しかし公子は気にもしない。
「私はまあ手下のサルだな。それより、貴様の認識不足を早く正さないと、ゲームと同様にボコボコにされてしまうぞ。じゃあフィールドでな」
そう言ってマホを促し、待機させておいたゼンジたちのところへ帰る。その背中をカンナが鬼の形相で睨んでいた。
【16. それぞれのチーム模様】
「姉御、奴らどうやって・・」
「だまれ、お前の落ち度だ。ハッキングで逆ハックされるとは何事だ!」
不安そうな首タトゥーの男を、叩きつけるように叱るカンナ。が、怒りの矛先はすぐ公子たちへと向けられる。
「あのクソ忌々しい引率教師も覚えていろ。何があっても必ず倒す」
そう言ってカンナはアタッシュケースを取り出し、歪んだ笑みを浮かべた。
「大丈夫でした?!」
帰ってきた公子たちに心配そうに声をかけるゼンジとソウイチ。公子に命令され待機させられていたが、見たところあの女社長たちはやはり普通ではない。
「ああ、心配するな。奴の怒りが私に向かうように仕向けた。お前たちはただ勝つことに集中すればいい。遠藤もよく頑張った」
言われてマホが破顔する。
「ホントは怖かったんです〜。先生助かりました」
うっすら涙目のマホを見て、公子は思う。
(やはりまだまだ子どもか・・。治安行動は難しいかもしれんな。しかし、奴らは何をしてくるか分からんところがある)
【17. 戦力分析】
サバイバルゲームは後から来たカンナたち6人をそれぞれのチームに振り分けて再開となった。カンナは当然、赤チームである。合流して赤チーム全体の士気が上がるのを見ると、カンナなりに一般人にもカリスマ性があるようである。
ゼンジたちは用心深くカンナたちの装備を観察する。
カンナのメインウェポンはPSG-1。カンナには長大過ぎるほどのセミオートスナイパーライフルである。カスタムされ強化されたレシーバーには大きな50mm径のスコープが載る。
首タトゥーの男はハンドガンのみ複数装備のようだ。火力に劣るハンドガンだけということはかなりの上級者か、ただの酔狂者だろう。髭面大男は重い機関銃MG42に無理やりグレネードランチャーまで付けている。
「意外とバランスの取れたユニットかもしれませんね」
つぶやくゼンジに公子が頷く。
「ああ、クセのある装備ばかりだがな。それとあの女のサブウェポンは要注意だ」
「ドラムマガジンはおかしいですけど、見たところフツーのMP5クルツですが・・」
ソウイチが不思議そうに首をかしげる。
「訓練じゃない普通のサバゲは初めてのお前たちは知らなかったか。あれはハイサイクルウェポンだ」
「ハイサイクルウェポン??」
ハモるマホとソウイチ。
「ああ、カスタムで発射サイクルを異常に上げてあるエアガンだ。ノーマルでせいぜい秒間15発の発射サイクルを、倍以上まで上げていることもある。ゲームバランスを崩しかねないから、通常は嫌われて禁止されていることが多いがな」
「ワンマン女社長の変態銃だ!大人だからってズルイ!」
マホが鼻息を荒くする。いさめるゼンジ。
「冷静になっていこう。敵にまとまって来られると正面からじゃ太刀打ちできないから、今回僕は別行動することにする」
驚くマホたち。
「えっ?!ゼンジは指揮しないの?」
「いや、無線で指示を出す。前から考えてた戦術があるんだ。マホたちが派手に戦ってくれたら、こっちの仕事がやりやすくなるんだ」
公子だけニヤリとする。
「そうか、一三四が言っていたのは単独潜入後の遊撃か。浸透戦術の一種だな。ならこれをサブで持っていけ。サイレンサーを付けると、ほぼ無音で気付かれない。偽装も念入りにな」
そう言ってゼンジにSOCOMピストルMk23を渡す。
続ける公子。
「最後に大事なことを言っておく。今回最終的には治安行動を執ることが予想される。が、状況によっては臨機応変に対応することが必要となるだろう。
治安行動には実銃を使うため諸君には判断の難しいところだと思う。
しかし、君たちは士官候補生であり、その力を行使する責任の重さを知るために日々の苦しい訓練を耐えてきた。
ブレーキのない力は時に害悪となる。それは自覚のない分、必要悪すらの価値もない。私は君たちが正しい心のブレーキを持っていると信じている。自分の正しいと思える声に従って行動して欲しい。以上だ」
腰のP220の重さに改めて気を引き締める3人。それぞれ無言で最後の準備にとりかかる。
朝準備していた、現地の草木で偽装したブーニーハットをかぶる。マホは公子特製のギリースーツを着ようとしていたが、ふいにゼンジに差し出す。
「これゼンジが使って」
「あれ?着るの楽しみにしてたじゃん。もしかしてシルエットがミノムシみたいになるから嫌になった?」
ソウイチが茶化す。
「そんなことないよ。ただ、いい狙撃ポイントを見つけたんだ。あの木なんかどう?」
「木の上ってこと?危なくない?」
ソウイチが心配して言う。
公子が肯定する。
「いや、いい考えだ。敵の意表をつける。大人の登れない木だしな」
ゼンジもフォローする。
「うん、僕もそう思う。葉っぱの茂ってるあたりまで登れば気付かれることはないんじゃないかな。
それと、今回は最初は守りから入ろう。庭エリアで敵を減らしてから攻撃に移るんだ。教官とソウイチはマホのいる木の左右に展開して、敵の気を引きつけて。僕は前方でアンブッシュする」
公子が頷く。
「一三四と遠藤の立体的なキルゾーン形成か、いい作戦だ。一三四、ギリースーツはこのフィールドの草木で最終調整したから完璧だ。たとえ敵がそばを通っても動くな。そうすればまず見つからないはずだ」
「了解です。神谷教官、今回は本当に有難うございます。みんなも気を引き締めて行こう。今日は僕たちが東都防衛学院の代表だ」
こぶしを合わせる3人。マホが「先生もー!」と促す。
照れて一緒にこぶしを合わせながらも、公子は「いいチームになった。こいつらなら背中を任せてもいいかもな」とふと思った。
【18. 指揮官ゼンジ】
「3時方向に複数の敵。マホのアンブッシュした木を中心に機動防御。マホが撃つまで引きつけて」
ささやくようなゼンジの命令に、マホはL96のスコープで索敵する。
ゲーム開始と同時に木に登っていて、今は横に伸びた枝に身体を委託して銃を構えている。
建物外周を迂回してきた敵スリーマンセルが、散開して用心深く近づいてくるのが見えた。
「2時方向50m先、敵スリーマンセル確認。20mまで引きつける」
マホは報告してスコープから目を離し、全周を確認する。
前方にいるゼンジの位置はまったく分からないが、マホの木の左右にそれぞれ公子とソウイチが伏せて敵を待ち構えているのが見える。上から見ていても陸自流の偽装の巧妙さが分かる。
(あれなら同じ目線だとほとんど分かんないだろうな・・)
再びスコープを覗きながらマホはふと感慨にひたる。
(あたしたち大人相手に互角に戦ってて結構スゴくない?演習であんなにひ弱そうだったゼンジもウソみたい)
実際、練習したフォーメーションも含め、ゼンジの戦術は的確で、公子も頼りにしていることが感じられてマホはうれしかった。
レティクルに敵の姿を捉え、マホは最終報告をする。
「敵中央ユニットリーダーから排除する。3、2、1」
同時に公子とシンイチが膝立ちになり射撃、必中距離なので一瞬で制圧する。
「やったね!」
無邪気に喜ぶマホ。だがゼンジはすでに別の敵を捉えていた。激しい戦闘音が建物内から聞こえ、出口に近づいて来ていたのだ。
「マホ、そこから建物の敵は狙える?もうすぐ敵が来る」
「う〜ん、建物入り口まで30mってとこね。なかなか厳しいけどやってみる」
ゼンジの問いかけに答えながら、あたしも風が読めればとマホは歯噛みする。
ゼンジが建物入り口そばの茂みに匍匐前進していったところで、味方の黒い骸骨フェイスマスク——スカルヘッドが飛び出して来た。入り口にカバーリングしながら激しく応戦する。
「スカルヘッドさん、状況は?」
ゼンジが訊く。が、聞こえなかったようで、今度は大きな声で訊き直す。
「お、ああ!貴様か。空耳かと思ったぞ」
声でゼンジを確認し、前を向いたまま応戦するスカルヘッド。
「まずい状況だ。本隊は俺を除いて全滅だ」
「スカルヘッドさん、自分の隊はまだ健在です。策があるので、スカルヘッドさんは敵を引きつけながら後退してもらえますか?」
ニヤリとするスカルヘッド。
「ふふ、面白そうだ。よし乗った!」
そう言って最後に制圧射撃で敵の頭を抑え、躊躇なく後方のブッシュに下がっていく。
迅速な対応に、流石だなと思いながらゼンジはマホたちに指示を出す。
「マホは敵が出てくるから狙撃。教官とシンイチは味方の後退を援護して」
敵の気配が入り口に近づく。が、用心深く、不用意に飛び出して来ない。
スカルヘッドが体勢を立て直し、入り口に向けてけん制射撃を開始する。
公子とシンイチもやや前進して銃を構えている。
【19. エンカウント】
部下たちの慎重さが、臆病な様子に目にとまったカンナが声を荒げる。
「何してんの!敵はもう劣勢なんだから一気に押し切るよ」
敵本隊をほぼ壊滅させた驕りで、カンナはゼンジたち中学生のことは頭になかった。所詮子どもと見くびっていたこともある。カンナはPSG-1をMP5Kにスイッチし、ドラムマガジンを装填した。
「いいかい、これから一気に攻勢に移る。突撃!!」
タトゥー男や髭面を含め、8名の部下が突貫する。カンナもPSG-1を置いて攻勢に加わる。
が、建物を出た部下たちが次々とヒットされていく。樹上からのマホの狙撃にカンナでさえ気付いていない。
「ひるむな、前進!数で左右からすり潰せ」
それでも秒間40発を誇るカンナのハイサイクルウェポンの弾幕はすさまじい。分間2400発の弾幕は、銃口から白いビームのように絶えず吐き出され、まるでバルカン砲の掃射のようだ。
公子がたまらず声を上げる。
「こいつは今まで私の見てきた中で一番ヤバい。真柴も頭を上げるな」
「こちら一三四、もうすぐ回り込めるんで、死なないようにだけして下さい」
匍匐前進しながらゼンジが答える。急がないと全滅の可能性もある。
「ヒット!」
耐え切れなくなったスカルヘッドがヒットされる。
【20. 狙撃対決】
勝利を確信したカンナだったが、右頬をかすめる飛翔音に愕然とする。
「これはロングレンジスナイプ?!どこからだ!?」
が、反応も迅速だった。即座に伏せて部下に指示を出す。
「11時よりスナイピングだ!後退して体勢を立て直せ」
ダッシュで後退する部下を援護しつつ立ち上がったカンナ。しかし背後からの声に凍りつく。
「フリーズ。抵抗はよしてください」
カンナの背に向けられた、サイレンサーを付けたソーコムMk23。
が、少年の声に、ふいにカンナの怒りが爆発する。
「うるさい!ガキのくせに!!」
銃だけ向けて乱射しながら一目散に屋内へと退避するカンナ。
伏せていたので無事だったゼンジだったが、マホが抗議の声を上げる。
「あっ、ズルーい!フリーズコールされたのに逃げるなんて」
「まあ、フリーズコールは紳士協定みたいなもんだからな。強制義務はない」
公子がなだめる。
ゼンジもフォローする。
「そうだよ。止めを刺さなかった僕が甘かった。でもマホのスナイピングで敵の数が減ったからほぼ互角のはずだ」
「ドンマイドンマイ。でもさっきのハイサイクルウェポンは凄かったね。まるで『ヒート』の銃撃戦か、『プレデター』の無痛ガンみたいだった」
そう言って立ち上がるソウイチ。瞬間、スナイピングでヒットされてしまう。公子が止めるよりも早かった。
「これはあの女の狙撃よ。あたしが片をつける」
そう言ってL96を構え直すマホ。スコープの先には、屋内でPSG-1のバイポッドを立てて狙撃態勢のカンナが見える。40m近く先でしかも暗く、表情は見えなかったが、心なしか笑っているように見える。
ピシッ!マホのいる木に着弾する音。もうマホのアンブッシュを見抜いて場所を特定したらしい。
マホも反撃する。が、風と庭の陽炎で弾道がずれる。次弾を装填するが、木の上なのでボルトアクションは扱いにくい。その間にも着弾音は次第に近づいて来る。敵はセミオートなのでコッキング動作が不要で修正射撃も速い。
マホは深呼吸して息を止め、自分のことだけに集中する。ブレが止まる。風は建物までは右からの微風。フェザータッチのトリガーをゆっくりと引く。白いBB弾がカンナの頭部に吸い込まれるように飛んで行くのが見えた。
ヘッドショットをくらったカンナは一瞬理解に苦しんだ後、今度は怒りを通り越して能面のような表情になっていた。
(この私がリアルで中学生に負けただと・・・)
無言で立ち上がり、スタスタと車を止めた裏の駐車場の方へ歩いていく。
「・・こりゃヤベーなあ」
首タトゥーの男は、能面の無表情になったカンナを見てつぶやいた。わめき散らしながら後退してきたカンナを見た時に予感はあったが、こうなると血を見るどころでは済まないだろう。まさにリミッターが弾け飛んだのだ。過去には族時代の抗争相手を半年病院送りにまでさせたことがある。
いや、配下の者でさえ、この状態のカンナには話しかけるのすら自殺行為となるだろう。
「おい、お前もここいるとヤバいぞ」
そう髭面の男に言い残して後退していく。髭面もキレたカンナのおそろしさを知っているので、無言で従った。
【21. カンナの性癖】
マホからカンナのヘッドショットに成功した報告を受けたゼンジだったが、反応がないことに不気味な感触を持っていた。
(フリーズコールをした時の怒り方も尋常ではなかったのに・・。なにか危険だ)
そう考え、迂回することにする。
「いったん裏手にまわって、斜面を伝って2階からエントリーします」
公子が言い添える。
「うむ、なにかおかしい。各自9mm拳銃をいつでも抜けるよう心掛けておけ。真柴もセーフティゾーンで気を抜いてんじゃないぞ」
「了解!」
ソウイチが答える。
車へ帰ったカンナは躊躇なくアタッシュケースの中からテーザーガンを取り出す。アメリカの裏ルートから密輸入したもので、自然放電するほど強力な電極は日本では銃刀法違反の威力がある。カンナはスタンガンやテーザーガンで無抵抗の相手を拷問することに、無上の喜びを感じるサディストだった。
「悪い子はお仕置きしてあげましょう」
能面に、恍惚さと不気味さのブレンドされた酷薄な笑みが浮かんでいた。
【22. 決着】
斜面を上がり2階の窓から建物に入ったが、奇妙な静けさだけが広がっていた。
「まだ残敵がいるはずです。クリアリングしながらフラッグへ向かいます」
公子を先頭に、練習したフォーメーションを組み合わせながら進んでいく。ゼンジは室内では邪魔になるギリースーツを脱いでいた。
屋内戦闘は屋外戦闘とは根本的に異なっている。屋外戦闘を言わば駆け引きが重要な「綱引き」とすると、屋内戦闘はよりスピーディで精確な行動を要求される「器械体操」のようなものである。
むろん屋内でも駆け引きは大事だが、よりシステマチックな機動が強さにつながるため、ゼンジは事前のフォーメンション練習をみんなでくり返していたのだ。迷いのないキビキビした動きで次々と部屋をクリアリングしていく。
1階に降りた時だった。大浴場で激しい銃撃にさらされる。MG42を腰だめで撃ちながら髭面が吼える。
「どうした中学生ども!防衛学院とは名ばかりか」
同時にグレネードランチャーに装填したBBシャワーをぶっ放す。BBシャワーは40mmグレネードに数百発のBB弾を込め、ガスの力で発射するもので、文字通りシャワーのように弾が降り注ぐので、ちょっとした迫撃砲のような面制圧火力がある。
太い柱にカバーしていたので無事だったが、派手な制圧射撃に身動きが取れなくなる。
「ね〜、どうしよう?!」
たまりかねてマホが口にする。
装填の時に隙ができるのを窺っていたゼンジだったが、ふと違和感に気付く。
(これは倒す意図で撃ち込んできていない。・・そういえばハンドガンの男がいない)
「これは陽動です!ハンドガンの男に注意」
そう言い終る前に、迂回しながら柱伝いに近づいてくる男が目に入る。もうすぐそこだ。
ゼンジは夢中に弾をばら撒きながら叫ぶ。
「後方5時方向敵!」
(まずい、完全に回り込まれた。時間を掛けると不利だ)
即座に決断して距離を詰める。太いエンタシス状の柱を間に、対峙するゼンジと首タトゥーの男。
ゼンジが覗こうとするだけで容赦なく撃ち込んでくる。
ゼンジは意を決し、柱に背中を預ける。P226E2にスイッチし、背中をつけたまま後ろ手だけでフェイントで右下から撃ち込む。次の瞬間、今度は反対の左側から身を乗り出す。一瞬できた隙だった。首タトゥーは意表をつかれ動けない。スローモーションのように時間を感じながら、ゼンジはツータップで確実に止めを刺す。
あっという間の出来事に見ていたマホが驚く。
「ゼンジすご〜い!手品みたいだったよ」
「よし、よくやった。残りはこの髭面MG42だけだ。グレネードを投げるぞ」
公子はそう言ってBBグレネードの信管を着発作動にセットする。
「お前ら姉御といい、よくもやってくれたな!」
突然、髭面男が乱射しながらカバーしていた浴槽から飛び出す。その時、公子が投げたグレネードが男の足元で炸裂し、ガス缶の破裂したようなハデな音と共に、数百発のBB弾が飛び散った。
「ぐわっ!!ヒットー!」至近から多数のBB弾の直撃を受け、パニック気味の髭面。「お前ら覚えてろよ!」とテンプレ台詞を残し裏駐車場へ引き上げて行った。
ゼンジはホッと一息つき、考えていた。
さっきは無意識に身体が動いて敵を排除できたが、相当危ない状況だった。
髭面MG42男をおとりにして首タトゥー男が回り込む。敵ながらいい作戦だ。
囲碁と将棋に例えられる戦略と戦術は、結局のところ、如何に敵の嫌がる手を打てるかだとゼンジは思う。
そして、他人の期待を感じとることに人一倍敏感だったゼンジは、表裏一体である、されて嫌なことを感じるセンスもいつの間にか研ぎ澄まされていた。
【23. 治安維持行動】
フロアの敵を殲滅したことを確認した公子。ゼンジたちに合流しようと歩き出す。
「よくやった一三四。あそこで囲まれると全滅するところだった」
そう声を掛けた瞬間だった。突然全身にはしる衝撃に驚く間もなく、ひざから床に崩れ落ちる公子。
公子の声に振り返ったゼンジとマホの目に映る、ぐったりとした公子とカンナの恍惚とした顔。カンナの手には黄色のハンドガン状の物体が握られている。
「ふふ、この女も中々の戦闘能力だったけど、あっけないものね」
驚愕して言葉が出ないマホ。
「教官に何をした!」
ゼンジは「冷静になれ」と自分に言い聞かせつつ詰問する。
「ご覧の通り、テーザーガンでお仕置きしてあげたのよ。このテーザーガンの電極は空気放電するほど強力なものだから、下手すると死んじゃってるかもしんないけど」
そう言ってあざ笑うカンナに、ようやく腰から抜いた9mm拳銃シグP220を向けるゼンジ。
「そんなオモチャ向けても無駄よ。これは5mのこの距離じゃ威力は減衰しないわよ」
「これはオモチャなんかじゃないわ!抵抗をやめなさい!」
ゼンジを見て冷静になり、同じく9mm拳銃を抜いて叫ぶマホ。
「新治安維持法で、東都防衛学院生徒も警察と同等の緊急時治安行動を認可されています。これは実銃です。もう一度言います。抵抗はやめて下さい」
テーザーガンの銃口を近くにいるマホから離さないカンナに、セーフティを解除するゼンジ。狂気にゆがむカンナの顔を見て、足に狙点を定める。
「だまれ!ガキ共!!」カンナが叫び、ゼンジがトリガーに力を込めようとした時だった。
窓ガラスのない窓から突然吹き込んでくる突風に、その場にいる全員が突っ伏する。続いて聞こえてくる大音響。
「抵抗はやめろ!こちら東部方面隊隷下東都防衛学院学長だ。繰り返す、抵抗はやめろ」
自衛隊ヘリOH−1NINJA改のローター音と混じってアナウンスされる学長の声。観念したカンナがテーザーガンを落とす。ゼンジはテーザーガンを蹴り、カンナをその場に伏せさせた。ゼンジが手を上げるのを見て離れていくOH−1。
【24. 状況終了】
「神谷教官大丈夫ですか?!」
「・・ああ、なんとかな」
驚くソウイチの問いに、ゼンジとマホに上体を支えられ答える公子。
駐車場には自衛隊の軽装甲機動車と高機動車数台にパトカーも止まり、逮捕されたカンナと首タトゥーの男が警察に引き渡されている。
「危険な任務ご苦労だった」
ヘリから降りてきた学長が労う。
「いえ、一三四をはじめ、全員がよくやってくれました」
支えられたままだが、敬礼を返す公子。
「ああ、交信を含めモニターさせてもらっていた。よくやった。諸君らは東都防衛学院の存在意義をよく証明してくれた。
それと、君が一三四善司君か。実に印象的な指揮と治安維持行動だった。いずれ戦略戦術教官たちがいろいろ分析結果を上げてくるだろうが、神谷三尉を使いこなせただけでも大したものだ。私の部下だった頃はとんがっていてだな、神谷は」
「学長!」
懐かしそうに話し始めた学長に抗議する口調の公子。
「まあそう怒るな。教導団キラーの神谷は今でも伝説だ。だからこそ学院の演習顧問で招聘した。
それに私はうれしいのだよ。あの神谷を素直に従わせて、これだけの成果を挙げれるほどの生徒が学院で育ってきているのが。
一三四君、君はトップダウンで指揮官への推薦をしておく。何か希望があれば言ってみたまえ。奨学金でも防衛大への推薦でも何でも構わないぞ。遠藤君、真柴君、君たちはどうだ?」
学長の言葉に、一呼吸おいてゼンジが口を開く。
「いえ、特にはありません。ただ、遠藤、真柴とはずっと同じチームで組ませてもらえますか?みんなが信じてくれなかったら今の自分はありませんでした。それと、戦術特別研究班への参加も希望します」
ゼンジの言葉にうれしそうなマホ。公子とソウイチはゼンジの心の変化に意外な印象を持ったが、ゼンジの目に以前はなかった光を感じて、頼もしく感じていた。
【25. エピローグ】
数ヶ月が経った。終業式の終わった体育館を出たゼンジは、夏の日差しに目を細めた。セミの鳴く声を聞きながら教室へと歩き出す。
5月に戦車が突入した統合シミュレーションルームは修繕拡張され、最新のシミュレーターを導入後は、CIC(中央情報室)で各種兵科を監視コントロールする機能がさらに補強されていた。シミュレーターも操作インターフェイスの交換で、各種兵科および将来のアップデートにも容易に対応可能となっている。
戦術特別研究班に参加してから、ゼンジはCICでのシミュレーションや新たな戦術の研究に打ち込んでいた。自分の能力が活かせるものは自然と好きになれることに、ゼンジは驚いている。そしてそれが如何に自分を支えるかということも。
「ねえねえ!一三四先輩よ。なんかクール」
ゼンジを走って追い越していった一年生の女子たちの嬌声が耳に入る。以前のゼンジだったら赤面確実だったが、今は不思議と何も感じない。
「よっ!有名人」
2階渡り廊下で追いついたソウイチが肩を叩いてくる。
「うるさい、お前もだろ」
「あたしも何故か一年女子に人気あんのよね〜。高等科のカッコいい先輩に告られてみたいわ。君の狙撃はセンスあるねって」
「ナイナイ」
妄想するマホに2人であきれるゼンジとソウイチ。マホが無言で2人の手首の関節をキメる。
「イテテテ!ギブギブ、参りました〜」「マホは美人です」
満足したマホが手を離した時、君子が話しかける。
「ふふ、いつもながら仲がいいな」
今日は終業式出席で白い礼服を着ている公子にマホの目がハートになる。
「キャー!!先生近くで見るともっとカッコいいー!」
「まあまあ。それより貴様らに急遽夏休みの視察留学の辞令が下ったぞ。私について環太平洋合同演習でニュージーランド遠征だ」
「ええ〜!オレ飛行機苦手っす」
渋るソウイチだったが公子がニヤリとして告げる。
「残念だったな。学長直々の命令だ、拒否権はない。まあ諸経費は学院持ちだから旅行だと思って楽しめ。といっても、各国精鋭の演習視察なんで、観光気分じゃ済まないだろうがな。後で正式な辞令が出る。学長室に出頭しろ」
まだ不平を並べるソウイチと、たしなめるマホの言い合いが続く。いつもの微笑ましい光景を見ていたゼンジに公子が話しかける。
「例の事件の戦術教官による分析を読ませてもらったぞ。同条件を再現したコンフリクトでは、教官の任務達成率が軒並みお前に届かなかったそうだな。治安維持行動も改めて内閣のお墨付きが出たしな。大したものだ」
「いえ、神谷教官やみんながいなければ到底無理でした。それに素直に喜んでいいこととは思えないんです」
ゼンジはマホたちを眺めながら答える。
「ふふ、謙虚だな」
「教官、教えて下さい。自分はあの極限の状況の中、生きていると強く思いました。楽しんでいたようにすら感じます。教官がテーザーガンで倒れた後もです。それは人としておかしくはないんでしょうか?」
自分を見つめるゼンジに、公子はふと視線をそらし、二階渡り廊下の手すり越しに中庭のFHを見下ろしながら答える。
「そうだな。まれに戦いに過剰適応してしまうものもいる。・・・私もかつてはそうだった。戦いそのものが目的となってしまうんだ。
だが、戦いは手段であって目的ではない。手段が目的に変わってしまうと、大切なことが見えなくなるものだ。そしてそれを失ってから初めて気付く」
公子はゼンジに振り返って続ける。
「しかし一三四、貴様は仲間を守るために戦った。それは大切なことだ。あの状況の中、一三四はよく判断し行動した。貴様がパニックになっていたら遠藤も危なかったろう。
だが、あえて言わせてもらうなら、貴様は優しすぎる」
いつの間にか一緒に真剣な顔で話を聞いているソウイチとマホ。マホが抗議する。
「ゼンジが優しいのが問題あるんですか?」
「あるな。指揮官にとって大事なのは、あえて部下を死地に向かわせる決断と、それに動じない精神力だ。それは時に優しさがアダとなる」
ソウイチが静かに喋りだす。
「教官、確かにゼンジはその命令を容易に出せない弱点があるかもしれないです。
ですが、ゼンジはどんなつらいことがあっても、心ではそれに向き合ってきたのをオレとマホは知っています。
オレたちが信じているのはそういうゼンジであって、戦術センスだけだったら付いていってません」
公子はソウイチとマホの真っ直ぐな視線にデジャブを感じていた。
(そうか、教官が生徒を信じてやらなくて、誰が生徒の才能を伸ばせるかと、あの時も思ったな
)
「・・・分かった。私も一三四を信じてない訳じゃない。だが一三四、今後貴様も必ずそうした壁に向き合うことになる。覚悟はしておくことだ」
そう、それは時にとても残酷なものにもなる・・・。心の中でつぶやいた公子に、ゼンジは敬礼で返す。
ゼンジも今は分かっていた。自分が発したのは、答えを得たいがための問いではなかったことを。
「なぜ人は人に期待なんてしてしまうんだろう?」
己の存在に対する懐疑の霧は、必ずしも自分の力のみで払えるものではないのだ。
ここには信頼に足りる仲間がいて、だからこそ自分の重みを感じていられる。
一緒にCDを聴き、共感できるという他愛のないことが、どれだけ自分を救ってくれただろう。
ゼンジの瞳に、もう迷いはなかった。