実物大ガンダムをすべて見てきた団塊ジュニア、横浜ガンダム見にいく


f:id:cheeriohappa:20201221112541j:image

「ホンダF1見てから、ガンダム横浜に立つ」

 

十年前の30周年お台場ガンダムに始まり、2017年お台場ユニコーンガンダムも見に行って、今年2020年は動く横浜ガンダム

#横浜ガンダム#F1#ホンダ


2020動く横浜ガンダム Real size Gundam in Yokohama - YouTube

↑見とれてて、ガンダム頭が半分見切れてます(ヽ´ω`)

あと見どころは、ガンダムのコックピットが閉まるとこと、目だけでガンダムの表情を表現しているところです。大喜利できそうです。目の点滅も見たことないですが、目がグリーンのガンダムも初めて見た気がします。

それから、みなとみらいで花火が始まって、どっち録るか迷ってます。

 

「徹底的な防寒装備必須の冬横浜ガンダム

初めて公開初日の12/19に来れた。
しかし今回寒いのなんの。お台場初代ガンダムと、2017年お台場ユニコーンガンダムhttps://cheerio.hatenablog.com/entry/2017/10/20/230037

はどっちも夏に見に行った。


一番分厚いダウンジャケットの冬用重装備のつもりであったが、本気の寒冷地仕様では、ズボン下装備、すなわちステテコ、モモ引きに類するおっさん装備が必須なことを思い知った。ユニクロヒートテックも着忘れてた。冬の海沿いを舐めたらいかん。

あとカイロもマストアイテム。再利用可能なハクキンカイロ持ってたの、後になって思い出した。アフター ザ フェスティバル。


それらが無いと、底冷えに対抗するには足踏みするしかなく、風が吹こうものなら、叫びたくもなってくる。
海風があり、体感温度は摂氏0度くらいだったが、実際には3℃はあった。が、やっぱり寒かった。

 

迷ったが、欲を出して物販の行列に並んだのがそもそもの間違いだった。最初に見たショーが18:30。列が長く、19時のショーを見て帰ろうとしたのだが、つい並んでしまった。

で、並んだまま最後に見たショーは20:30になっていた。トータル二時間強(これでも入り口ゲート前に列がなかったので短い方と思われ)

一人だとトイレも行けないし、何度か心も挫けそうになったが、ガンダムが励ましてくれた。超合金ガンダム(税込み22000円)を二体だけ買った。エントリの最後に初転売の結果報告もしてみたい。

 

「いつもの前日思いつき計画」

本当は落ち着いてから見に行くつもりだったが、チケット販売状況を見ると、初日最終の18:00~20:00入場の組だけ空いていた。

おまけに、初日は当日入場券販売がないということで、つまりは大行列もないはず。前回二回のガンダムユニコーンガンダムのリアルサイズガンダムは、無料なのもあってすごい人波だった。明日は晴れ。行くか!


ちなみに、下から見るだけの通常入場券は1650円。タワードックでガンダム目線からそばで見られる券は3300円。しかも入場券は別なので、近くで見たければ、ほぼ五千円になる。
行く前はいくらなんでも高いと思ったし、タワードック券は1月上旬まで完売だったので迷わずにすんだ。

 

ということで、日が暮れてからの見学となる。これはむしろ願ったり叶ったりで、過去の1/1ガンダムもライトアップしてある方が見応えがあったからだ。

 

「そうだ!F1も来てたはず」

そして、それまでの時間をどう潰すかだが、小田原城にも行ってみたいし、箱根の地球博物館にも行きたい。
が、ゆっくり見たい方なのでどう考えても時間が足りない。

しかし、青山のホンダ本社に、今年度2020年モデルのレッドブル&アルファタウリF1が年末まで展示されているのを思い出した。レポートを地元のM屋さん楽しんでくれるだろうか。


f:id:cheeriohappa:20201221120309j:image 
f:id:cheeriohappa:20201221120346j:image

実際に青山の本社一階ホンダプラザに行ってみる。外には新型電気自動車ホンダEがあった。
らしいポップなデザインが、かわいいタヌキ顔もあってなかなか良い。もっとコンパクトだと思っていたが、思ったより大きい。乗り込めないので中は分からないが。

トルクのある電気自動車な上、後輪駆動車なので、ドリフト車のベースとして良いかもしれない。ハンドルの切れ角も相当あるみたいだし。

 

さて中へ入ると、黒山の人だかりとまではいかないものの、かなり見学者が来ていた。


f:id:cheeriohappa:20201221120454j:image
f:id:cheeriohappa:20201221120521j:image
f:id:cheeriohappa:20201221120640j:image

エントランスそばにはCBR1000RR-Rファイヤーブレードがあって跨がれる。乾燥重量201kgで出力160kw218馬力。スンゲー!

でも、初代ガンダムでも出力はたしか1600kwくらいで、Zでも2000kwあたりだったはず。

 

ということは、CBR十台分、二千馬力プラスくらいがガンダムの総出力となる。ガンダムって省エネ??

 

まあ、昔のザル設定はいいとして、今はF1だF1。

ふり返れば、東京に出てきて半年後の2019年3月に、外苑イチョウ並木でのホンダF1デモランを見に行ったのだった。

https://youtu.be/2gGFJNJSZ9I

デモランは、残念ながらホンダパワーユニットではなく、ルノーV8エンジンだったが、二万回転に達するといわれた最後のNAエンジンの咆哮は最高だった。

ホンダパワーユニットの外苑イチョウ並木デモランも見てみたかったが、ホンダF1撤退となった今、もう望み薄だろう。


f:id:cheeriohappa:20201221121724j:image
f:id:cheeriohappa:20201221121838j:image


f:id:cheeriohappa:20201221220335j:image


f:id:cheeriohappa:20201221220402j:image

ホンダプラザ入って正面の今年度F1マシン二台。

黒く見えるが、よく見ると紫がかった濃い藍色のレッドブルRB16と、白が鮮やかなアルファタウリAT01の両マシンがほぼ並んで展示してあり、細かい違いを比べてみるのも楽しい。
意外とアルファタウリの方が、サイドポンツーン周りの空力処理が複雑というか、試行錯誤の跡があり面白い。


f:id:cheeriohappa:20201221203542j:image
f:id:cheeriohappa:20201221203617j:image
f:id:cheeriohappa:20201221203943j:image

もっとも、今年度マシンとはいっても、あまり詳しくないのでそれぞれ何台目のマシンかまでは分からず、単純に比べても意味がないかもしれない。


f:id:cheeriohappa:20201221213825j:image
f:id:cheeriohappa:20201221213844j:image


f:id:cheeriohappa:20201221220638j:image

f:id:cheeriohappa:20201221220713j:image

 

全体のイメージだと、カラーデザインはアルファタウリのシンプルなモノトーンが好み。

しかし、レッドブルF1は艶消しカラーの渋さと、空力パーツがよりスッキリして洗練されている感じで、独特の迫力があった。



f:id:cheeriohappa:20201221220937j:image f:id:cheeriohappa:20201221221024j:image

f:id:cheeriohappa:20201221221105j:image f:id:cheeriohappa:20201221221258j:image

f:id:cheeriohappa:20201221221202j:image f:id:cheeriohappa:20201221221353j:image

レッドブルのマシンにはステアリングが付いていたが、まああんな一杯ボタンやダイヤルやらがあって、高速走行中に操作できるもんだと感心する。

去年2019年オーストリアGP、ホンダ13年ぶりの優勝時の有名な「エンジンモード11、ポジション5」なんか、使ったことないはずなのにスゲーもんだった。

もし自分がそんな状況でハンドル握ってて、知らんこと言われたら、パニックになるか、逆ギレするかも。。


f:id:cheeriohappa:20201222011841j:image

残念ながらホンダはF1から来年限りで撤退してしまうが(パワーユニットは何らかの形で残るかも)、異常に優遇されてるメルセデスや、リアルチートだったのは、ほぼ確実なフェラーリを相手によく頑張ったと思う。

あの2チームが本当にクリーンに戦っていたら、F1はもっと混戦で面白かっただろう。


f:id:cheeriohappa:20201222011948j:image
f:id:cheeriohappa:20201222012032j:image
「ヨーロッパ貴族に物申す」

それにつけても、F1はヨーロッパ貴族のモノなんだな~と感じる。

レッドブルだって、タイ資本がバックだが、運営しているのはヨーロッパ人なんでその一派だ。

味方だからって日本人はレッドブルを贔屓目に見るけど、ホンダに無償でパワーユニットを提供させるのなんか、植民地からの搾取とあんま変わらない。

人の足元をあからさまに見ているし、ホンダもお人好しすぎる。

 

そもそも、レッドブルがきちんと対価を支払って、ホンダに年間最低数百億から、モロモロ入れると最大一千億円とも言われる過度な負担を強いらなければ、ホンダはF1を継続できるだけの合理性を、株主に説明できたかもしれないのだ。

 

2019年3月の外苑イチョウ並木でのデモランを思い出すと、ホンダ黄金時代の再来が露と消えてしまいそうなのは残念だが、角田☆ユウキ選手の台頭で、夢はまだ見れる。

あだ花でもいい、来年はホンダのラストセンセーションを期待したい。


f:id:cheeriohappa:20201222185003j:image

「ホンダやっぱお人好し過ぎ。が、それがいい」

その他、佐藤琢磨インディカーや、GT500のNSX、居並ぶホンダ二輪各部門と、チャンピオンマシン勢揃い。

インディー勝つのも凄いけど、ホンダ他にもこんなに勝ってたんだね。知らなかったよ。もっとPRしないとだよ。
f:id:cheeriohappa:20201222190826j:image 
f:id:cheeriohappa:20201222190851j:image
f:id:cheeriohappa:20201222190910j:image



f:id:cheeriohappa:20201222185549j:image
f:id:cheeriohappa:20201222190252j:image

f:id:cheeriohappa:20201222190952j:image

アシモonステージも楽しむ。アシモ君モーター音というのか、サーボ音というのか、凄いするのね。


f:id:cheeriohappa:20201222191048j:image
最後に物販コーナーで、ホンダ各拠点のレトルトカレーを五種類も売っているのを見つけたので、HRDサクラのある栃木研究所の黒カレーをお土産で買っておいた。


f:id:cheeriohappa:20201223015509j:image 
f:id:cheeriohappa:20201223015557j:image

f:id:cheeriohappa:20201223015535j:image

あと、端っこの方でホンダの歴史の展示を見ていたら、コンパニオンの若いお姉さんがF1のハガキセットとステッカーをくれた。有難く頂く。

f:id:cheeriohappa:20201223015441j:image

 

「いよいよ横浜ガンダムに向かう」

日も暮れてきたので、いよいよ横浜ガンダムへと向かう。最後の組は18時~20時入場なのでちょうどいいくらいだろう。
横浜中華街に寄ろうとしていたが、ホンダの展示物が思っていたより見応えがあり、すっかり遅くなった。


f:id:cheeriohappa:20201223015741j:image 
f:id:cheeriohappa:20201223015758j:image

「スムーズな入場のために、予めバーコードを用意すべし」

元町・中華街駅で降り、海方向へ。氷川丸を左に見ながら歩いていくと、横浜ガンダムのある方向が明るくライトアップされている。ガンダムはまだ見えない。

途中で、並ばせるための何列もの赤色コーンが沢山並んでいる。人が殺到すると入り口外でも待たされるようになる様子。吹きっさらしでこれはキツい。


f:id:cheeriohappa:20201223015655j:image

入り口でスタッフに、バンダイナムコのサイトで買った、オンラインチケットのバーコードを読み込んでもらって入場。


f:id:cheeriohappa:20201223015831j:image

メイキングの写真パネルが埋め込まれたトンネルを通ると、ガンダムの足が見えてくる。


f:id:cheeriohappa:20201223015852j:image

この演出は、ちょうどドーム球場やコンサートホールに入る感じで、テンションが一気に上がってくる。遠目では、あえてガンダムを建物で隠しているのではないだろうか。

 

何しろ十年前の、最初のリアルお台場ガンダムは、数キロ手前のレインボーブリッジ本土側のゆりかもめ車内からも、対岸に突っ立っているのが見えていた。
ミノフスキー粒子散布下の、有視界戦闘では、あり得ないくらい目立つんじゃないだろうか心配になったくらい。


f:id:cheeriohappa:20201223015947j:image

が、実物大の1/1リアルサイズを目の当たりにすると、屁理屈なんか一瞬でどーでもよくなった。カッコ良いのが大正義。もはや神々しい。


f:id:cheeriohappa:20201223020117j:image
f:id:cheeriohappa:20201223020226j:image

f:id:cheeriohappa:20201223020419j:image

実は、今回の横浜ガンダムのデザインは、胸部の青色の色分けや、ヒザ頭の青と赤のライトが、画面越しで見ていた時は、どうもオモチャっぽくてビミョーだったのだが、18mの巨人を見上げると、実物大ならではの迫力にやはり言葉をなくしてしまう。


そして、三十分毎にライトアップされたショーが始まるが、ゆっくりだが派手に動く回と、手を下ろして直立姿勢で後ろに格納されるだけの回と、交互になっている。

派手に動くといっても、一歩踏み出してひざまずくだけだが、太ももの装甲がサイドの継ぎ目から割れて稼働範囲を拡げるのは、オオッ!となる。砂漠だと砂噛むだろとか、野暮なことを言ってはいけない


f:id:cheeriohappa:20201223020317j:image
f:id:cheeriohappa:20201223020336j:image

「おじいちゃん、水風呂は体に毒よ」

それにしても、ガンダムの動作がゆっくりで、まるで「我慢しながらそろそろと水風呂につかろうとしている人」みたいに見えなくもない。コントみたいで、ちょっと笑ってしまった。

あと、ガンダムの足跡もクスッとしてしまった。

f:id:cheeriohappa:20201223111549j:image

それでも、18mのスケール感は圧巻で、寒さも忘れるくらい。
ヒジ付け根の円盤状のパーツも、連邦のフィールドモーターの新しい解釈と考えるとしっくりくるし、胸部のパーツ色分けも、装甲パネルの処理に、カトキハジメ氏とは違う新しさを感じる。


f:id:cheeriohappa:20201223041351j:image

f:id:cheeriohappa:20201223041716j:image

f:id:cheeriohappa:20201223041628j:image

f:id:cheeriohappa:20201223041743j:image

2020動く横浜ガンダム Real size Gundam in Yokohama - YouTube

 

核融合エンジンの実感サイズって」

両ヒザと両肩の緑と赤のライトも、リアルサイズだと飛行機の翼端灯みたいでカッコ良い。

モビルスーツと現代戦闘機の全長は同じくらいなので、そう考えるとコアファイターはずいぶんコンパクトなのが実感してくる。目測の実感だと、格納状態だと普通自動車くらいしかないように見える。


というか、核融合炉エンジンってどれだけ小さいんだ。コアファイターに入ってんでしょ?コアファイター畳んでる時って、車サイズしかないってことは、核融合エンジンも車のエンジンサイズ?未来ってスゲーのな!

 

「ザクもいいが、Zも忘れんでくれ!」

次回の五十周年では、実物大ザクとの声も挙がっている。
中国ではストライクガンダムが出来るみたいなので、四十五周年ではZガンダムをリアルサイズにしてほしい。ウェイブライダーだけでもこの際文句はないので。

 

「やっぱもっと近くで見たいかなー」

それと、別にチケットを買って、ドック上から見ると迫力が違うのだろうが、やはりもっと近くで見てみたかった。
30m以上(体感では50mくらい)離れて、しかも夜だと、機体に描かれたメンテナンス情報とかがちっとも見えなかった。

前二回のリアルサイズガンダムで、一番興味深かったのが、間近で見れた、そういった細かいディテールだったからだ。

「ここはトルクレンチをいくらでどうこう」とかの英語表記だったり、面処理のわずかな違いとかは、よりリアルさの説得力が増すので、近くで見ないことには伝わってこない部分がある。

三十周年の最初のお台場ガンダムは、股の間を通ることもできたので、下からガンダムの股関を見上げることも可能だった。
一番大きさを実感できたのも、触れるくらいの近さで本物を見れた時だった。

ちなみに今回は、ドックからだとこんな風に見えるらしい。


f:id:cheeriohappa:20201223020653j:image

 

ガンダムドックから見てみたかった」

今回は別に3300円でそれが可能となっている。来る前は高いと感じたが、おそらく一生に一度しか見ないだろうことを思うと、決して高くはないと今は思う。
ドックから見学する人は、かなり制限されているようで、ショーの時も数えるくらいしかドック上に人は見えなかった。

ガンダムと同じ目線から見る群衆は、ムスカ気分が味わえるかもしれず、ちょっと見てみたいと思ったのはここだけの話w


f:id:cheeriohappa:20201223111805j:image
f:id:cheeriohappa:20201223114805j:image

ガンダムファクトリービル内部」

列に並ぶこと二時間。ようやく購入の順番が来た。

ちなみに限定品販売所は、キャッシュレス決済のみの販売所がガンダム向かって左手、現金も使える販売所が右手側となっている。

係員が現金の列の方が長いと言っていた。

それと、入場時に渡される注文シートに記入して購入するので、紙をなくさないようにしないと。ペンは台の上にあった。

 

超合金ガンダム二体を購入したのが、もう夜九時前。箱は思ったよりずっと薄型で運びやすかった。辞書くらいの厚さ。
f:id:cheeriohappa:20201223115316j:image

ガンダムファクトリーのビル内部のトイレに駆け込む。

それから一階の展示ルームを見学。動くガンダムの設計からの経緯が、パネルや模型を使って解説されている。


f:id:cheeriohappa:20201223113945j:image
f:id:cheeriohappa:20201223114458j:image
f:id:cheeriohappa:20201223114509j:image


f:id:cheeriohappa:20201223114011j:image
f:id:cheeriohappa:20201223114028j:image
f:id:cheeriohappa:20201223114046j:image

これがなかなか面白かったのだが、キレイゴトしか書けない事情もあるだろうから、今一つドラマチックではない。

ありていに言えば、苦労があまり伝わってこない。歴代の1/100ガンダムガンプラの方が感心したくらい。もったいない。


f:id:cheeriohappa:20201223114330j:image
f:id:cheeriohappa:20201223114348j:image

ここはNHKさん。お願いだから特別編として、横浜ガンダムプロジェクトXをやって、日本の製造業の希望と未来をみんなに見せてくれるとうれしい。

きっと泥臭いエピソードもあるだろうから、日本人の心に響いて数字は取れるだろう。

そうじゃなくとも、リアル戦争ではない形で技術革新が進んでいく日本って、なんて平和で素晴らしいじゃないか。

司馬遼太郎も、「黒船をみてわずか数年後に、それと似た船を複数つくってしまうという、どの民族にもない秀抜な特性」と書いていたが、日本人は適切な刺激を受けると、まだまだとんでもない能力を発揮するものだと思う。

 

「富野監督から子どもたちへのプレゼント」

それにしても、富野監督もメッセージパネルで触れていたが、このガンダムのゆっくりとした動きは、重機のそれと似ている(監督は整備塔と表現している)

重みがある動きというよりは、何十トンもの重量物を、安全かつ確実に運用するため、マージンをしっかり取った動きと感じた。

それを監督は、“優しい”と表現していた。富野監督らしい言葉のチョイスだ。


そして監督は、この動くガンダムを見た子どもたちが、将来「乗り物」として動かすために、問題点を見つけ、それを解決していってほしいとボールを託している。

そこに、「子どもだからこそ、全身全霊で向き合わなければならない」という、富野監督ならではの作品哲学と、言うことは厳しいが、根は愛情深い富野監督の本音と晴れがましさが感じれた。


f:id:cheeriohappa:20201223115134j:image
f:id:cheeriohappa:20201223115200j:image
f:id:cheeriohappa:20201223115211j:image


監督は、究極的には子どもたちのために、現時点で全力で作られた、動くガンダムが出来たことを喜んだんだろう。

 

実際、この大きさのロボットが動くことに、どれだけ教育的影響力があるか計り知れないと感じる。社会科見学に取り入れても良いくらいだと思う。イギリスでは、戦車博物館も小学生がいっぱい社会科見学で来ていた。

 


ボービントン戦車博物館に行ってタイガーⅠの始動音を聴いてきた①170315 - 海外でサバゲをやってみた Ninja St☮g plays Airsoft in the world

 

そしてきっと将来、このガンダムを見て、エンジニアや研究者になったキッカケをもらったという人が出てくるだろう。


大きなことを成し遂げるのは、いつの時代も変わりはない。どれだけ夢見れるか、そして見せられるかにかかっている。


子どもたちが、自分たちがガンダムに感じた夢というバトンを、同じように受け継いでいってほしいなと思いつつ会場を後にした。

 

 

「オマケの収支報告」

いい感じで終わりにしたかったのだが、二時間並んで買った超合金ガンダム二体の結果報告を最後にしておこう。

メルカリで売ってみるのも初めてで、「横浜ガンダム」で検索して、他の人のを参考にして売りに出してみた。

初日である19日は、22000円の税込み仕入れ価格に対し、35000円の高額売買成立もチラホラあった。落札価格は、31000~33000円といったところか。

なので、31000円送料込みで、まずは一体を売ってみようと試みる。

 

しかし、翌日になってもなかなか売れない。そこで売れた品の分析を試みる。

すると、35000円で売れていたのは、初日の日中かなり早い時間ということと、みんな売るための工夫を様々凝らしているのが分かってくる。

要するに、高く売れたのは、初競りみたいに最初の商品だけだったのだ。

これは限定品とはいっても、期間中毎日買っては売りに出す転売ヤーが増え続けるということで、市場原理とすれば納得できる。

また、オマケを付けたり等の販売努力もそれぞれ工夫していて、同じ商品を売るのに値段以外で差をつけるのに皆頑張っている。

 

そして驚くことに、翌20日の時点で値下がりが目に見えて、しかもリアルタイムに始まっていた。すでに最低落札価格は、三万円を切ったのも出てきていたのだ。

これはまずい。このまま需要より供給が増えていったら、値崩れしていくのは必至。

そこで考えたあげく、ホンダでもらったF1のハガキ一枚をオマケで付けることに。我ながらあざとい。値段は送料込みで29999円とした。

 

他の人のいいと思った紹介文を継ぎはぎして、値段交渉はしません旨を書いてあるのに、安くしてくれのコメントが入る。

もう値下げしてあるので勘弁して下さいと返事しても、またいくらならいいか訊いてくるので無視していたら、そいつは他の人のとこでも安くしろって書いてた。

寒空で二時間待つ辛さは、たぶん言われても理解できないタイプの人間なんだろうな~とぼんやり思った。

 

翌日ようやく一体売れた。が、発送がまた一苦労だった。

メルカリでは簡単に発送できるガイドがあり、商品だけ持って郵便局なりに行けばいいとのことで、近くのヤマト運輸に行ってみた。

ところが、簡単便のサイズより大きいので、箱と梱包材を用意しないといけなくなった。

他にも段ボール箱は売っているが、梱包材はつけないと言われたのだ。ホントかよ?!

 

近くのスーパーに行って段ボール箱をみつくろい、超合金ガンダムの箱を納めてからバイト情報誌を一枚ずつ丸めて梱包材代わりとする。ハガキも忘れないように封筒に入れてテープでとめておく。


f:id:cheeriohappa:20201223183507j:image

とゆーか、輸送箱に入ってるんだから、そのまま送るようにすればよかった。コピペで紹介文作ったので、段ボール梱包箱に入れて発送しますになってしまっていた。

 

ここでふと疑問に思ったのだが、メルカリから発送の指示が来たから、あわててその準備をしていたものの、入金が済んでいるのかも分からない。困った。

送った後にキャンセルでもされたらどうしようと、せどりをしている先輩に訊いてみる。

 

すると、メルカリはお金のやり取りは全部代行してくれるから、発送の指示があったら従えばいいとのこと。

 

これで安心して、ヤマト営業所に帰って発送処理を済ませる。メルカリのアプリから発送用のバーコードを出し、タブレットで読み込んでもらって終了。

これは便利。手書きで宛名を書くこともなく、送料を払う必要もなかった。ヤマトの人に訊いたら、メルカリはそうらしい。ほーん。

 

一個売れたのでとりあえずホッとするが、メルカリをチェックしてみるとさらに価格下落は進んでいる。が、ようやくもう一体も売れて一安心。

 

ということで、初転売の最終結果発表。

仕入れ価格」

本体 22000×2=44000

入場料 1650

電車代 約二千円強

約48000円

 

「販売価格」

本体 29999×2=59998

販売手数料10% 2999×2=5998

送料 1000×2=2000

 

つまり、販売価格六万円から仕入れ費用、送料、手数料を差し引いた四千円が、利益となる。

 

う~~ん。実にビミョー。手間掛かった割りにこんなもんか。楽な仕事なんてないよな~と実感する。仮想通貨の方がはるかに儲かる。まあ政府が本気で介入したらどうなるか分かったもんではないが。

 

でも、寒空の下で二時間並ぶ対価としての四千円なら、まあまあ妥当なバイト代でもあるな~と思った。

しかし、メルカリでの超合金ガンダム最低落札価格は、23日時点で27700円まで落ちてきている。真冬に二時間並んで時給千円そこらなら、バイトした方がよっぽどマシである。

 

結論。

道義的問題はさておいて、転売ヤーは目利きができなければ大変なだけで、売れない時のストレスも半端ないので、自分には向いていない。

たま結びサザエさん一家説

「たま結びサザエさん一家説」というのを思い付いて送ったが、ボツになったようなので残しておく

 

名前入りだと初めてのメールになります。 いつも楽しく拝聴しています。まだ二年くらいのラジオ歴ですが、 たま結びのユルさがたまらなく、一番楽しみにしています。

レオレオがレギュラー入りした時は、 絶対東京03のさとしマンだっただろ!とイラッとしましたが、 今ではすっかりファンです。


さて、 たま結びのテーマソングといえばオープニング曲でしょうが、 私にとっては交通情報の時にかかる、 のんびりハツラツとしたあの曲なんです。 他のTBSラジオでも使われていますが、 たま結びの雰囲気には一番合っていると思います。


あの曲がなんだかサザエさんの有名なオープニング曲のバックミュージック?に似ているな~とふと思ったのですが、 考えてみるとたま結び自体、週末にリラックスして楽しむサザエさんに重なるところがあると感じました。


そこで、仮説で「たま結びファミリーサザエさん一家説」 をシミュレートしてみました(強引)


珠緒=うっかり女王サザエさん

竹山さん= 乙女心のあるマスオさん

山ちゃん&瀧さん= サザエさんを満面の笑顔でジャイアントスイングするカツオ

大吉先生= 安定の大黒柱 波平

レオレオ=中島くん+スネ夫

外山アナ= ほぼ花沢さんキャラのワカメちゃん

玉さん=タラちゃん+タマ+アナゴさん

エナおばあちゃん=一家のドン フネさん

 

になります。なんだか途中からグダグダですが、 それも含めてたま結びらしいな~と思ったので、 送ってみることにしました。
ただ初めてなので、 どの曜日のどこのコーナーに送ればいいのか勝手が分からず、 このまま送らせて頂きます。 たま結びファミリーサザエさん一家説に共感してくれる人が他にもいればうれしいです。

 

2020/12/10たま結びはレオレオ神回だった

#たま結び#たまむすび#赤江珠緒#土屋レオ#レオレオ

 

12/10(木)のTBSラジオ「たま結び」は傑作だった。「生活は踊る」のスーさんがお休みで、木曜パーソナリティーの土屋レオが、生活は踊るとたま結びに連続して出た回である。


ピエール瀧さんに代わって木曜パーソナリティーになった土屋氏だったが、東京03のさとしマンを推していたこともあり、気取った落語家崩れみたいな彼はあまり好きではなかった。
口元が歪んだメガネ面を想像していたら、意外とイケメンで更にイラッとしたが、やはりメガネを掛けていた。


余談だが、妹が昔RAG FAIRが好きだった。が、自分は軽佻浮薄な毛唐の真似事二番煎じアカペラを毛嫌いしていた。絨毯屋かよって。


なので、滝さん降板で土屋レオに決まった当初は、たま結びも月曜日から水曜日までしか聴いてなかったのだが(金曜日まで聴く時間がない)、火曜日パーソナリティーの山ちゃんと土屋氏とのプロレスが面白くて、木曜日も聴き始めた。


この二人のけなし合いは、あたかもかつての「お笑いマンガ道場」の富永氏と鈴木氏との、不毛かつベタながらも、鉄板の面白さを彷彿とさせ、とても面白かった。


そうして慣れていくと、土屋レオのおかしさも段々伝わってきて、メインパーソナリティー赤江珠緒さんのポンコツ姫ぶりに負けない、レオレオの意外なボンのクラっぷりが愛すべきものと認識されるようになっていった。


そして、レオレオ(このあだ名つけが赤江さんの得意技だが、レオレオは良いと思う)のいじられキャラっぷりが、思いもよらない結末を招いた回がある。


それは赤江さんお休み中で、山ちゃんと外山アナウンサーが、パタパタママの三番の歌詞をレオレオに無茶振りしたことから始まった。


一番、パタパタママから始まり、二番はパクパクママ。


曲は二番までで、三番の歌詞はないのだが、山ちゃんの下ネタほのめかし煽りがハンパない。パ○パ○ママ。。なんて放送できないよー山ちゃんwww

 


この時点で腹が千切れそうなほど笑わせてもらったが、クライマックスはこの二日後、木曜日にやってきた。


なんと、レオレオが本当に三番の歌詞を作って、実際に歌ったのである。


コロナでリモートながら、自らのギター演奏で歌い始めるレオレオ。


♪9時 息子寝たから旦那と二人きり


♪10時 顔を見ながらオネダリよ


いきなり際どい、夜の生活を思わせる歌詞から入っていく。おいおい、大丈夫!?放送コード引っ掛かんないの??


♪11時 紙に書いたよ ご飯を作る人


??私の頭にクエスチョンマークが舞い踊る。


♪不思議 全部ほとんど私が作ってる
♪週の半分くらいは作ってよ
♪シフト表を作ってみたからさ
♪パパパパママ パパパパママ パパ 朝
(以下続く)


(全国一斉)そうきたかー!!!

いや、これは一本取られた。レオレオお見事。お見それしました。これを二日で仕上げたのはグッジョブと言う他ない。腐ってもタイ!
しかも、下ネタを連想させる導入部がサイコーでした。
https://www.tbsradio.jp/484919生演奏!「パタパタママ」の3番は〇〇ママ?絶妙な歌詞で挑んだ”ミュージシャン”土屋礼央

 

あまりに見事過ぎて、これ以降山ちゃんがレオレオにあまり絡んでこなくなった感じ。
いや~、この二人のプロレスファンとしては、番組名物になるくらい丁々発止でやってもらいたいものです。


まあ、その代わりといっては何だが、水曜日パーソナリティーの大吉先生が、番組終わりでレオレオ紹介の無茶振りをする楽しみができた。
これも中々楽しいのだが、最近は大吉先生が若干飽きてきている感じもする。

 


さて、長々とレオレオについて述べてきたのだが、本題を忘れるところだった。
ラジコで一週間遅れでたま結びを聴いていて、レオレオが生活は踊るに出たということでそっちも聴いてみたのだった。
それはまあまあ面白かったのだが、あんなふかわ氏並みに嫌いだったレオレオを、ここまでフォローするようになったのは感慨深い。


https://www.tbsradio.jp/544719「1日でお節がぜんぶ出来る鍋があるんだよ!」・・・赤江珠緒、圧力鍋セットを買うか本気で悩む。

 

そうそう、20年12/10(木曜日)の回がまず面白かったのが、レオレオが代打出演した「生活は踊る」エンディングだった。
通常、ここは前後番組がオーバーラップして、バトンリレーのようなやり取りがあるのが恒例なのだが、赤江さん「本日掛け合いお断り」の紙切れによる塩対応(笑)
さらに、生活は踊るでローストチキンを作ったレオレオと蓮見アナに対し、「肉は持ってきて」の若干キレ気味の一言。サイコーでした、赤江さん。


そして改めて始まったたま結び。レオレオレンタルを、全力で要らないモノでもあげるような「どーぞドーゾ!!」の赤江さんwww


その他、お節料理を1日で作れる鍋セットのチラシや、ゲストのKANさんの話も面白かったですが、やはりこの回を神回にしたのは、レオレオの赤江さん評だろう。


「生活は踊る」でふいに赤江さん評を振られて、ヒットを打てなかったレオレオが、さんざん赤江さん本人に「たま結び」でイジられていたのだが、反撃でレオレオが赤江さんのクセを指摘する。


赤江さんの「そうですぅ」は「ヘンなおじさん」のそれだったのだ。


!!!言われてみればそーだ!!!

いや、よくぞ指摘したレオレオ。ダウンタウンの松本さんが、みんな感じてるけど言語化できないことを、一言でズバッと言い当てるみたいで、スッキリしました。


やるじゃん!レオレオ。さとしマンの方が良かったのになんて最初思ってたけど、ホントすまんかった。
願わくば、山ちゃんともっとお笑いマンガ道場ばりのプロレスを見せてほしい。瀧さんの帰る場所がなくなるくらいに。

Zガンダム 消えた天才デザイナーを追え


f:id:cheeriohappa:20201215214941j:image

#ガンダム#Zガンダム#富野監督#藤田一己#永野護#カトキハジメ

 

 

Zガンダム ごく短時間で生み出された奇跡のデザイン」

というタイトルで、Zガンダムのデザインの奇跡を、NHKの「プロジェクトX」か「その時歴史は動いた」風に解説しようとしていた。

 

しかし、調べていく内に、Zを若干21歳の若さで生み出した天才(と呼んで差し支えないだろう)デザイナーが、令和の現在、その存在が空気同様な扱いになっている元凶にもブチ当たってしまった。

 

そのミステリーを新しいタイトルと共にお届けしよう。ということで新タイトル。

 

Zだが、ここは初代ガンダムのタイトルコール、鈴置洋考氏の声とあの効果音でお願いしたい。

 

Zガンダム 消えた天才デザイナーを追え」


ガンダムは面白い。最高。ビバ40周年♪横浜のガンダムも極寒の中初日に見に行った

 

そして、Zガンダムには至高と言えるカッコ良さがある。


f:id:cheeriohappa:20201218013956j:image

今日はその、Zの永遠のカッコ良さについて語らせて頂こう。

ちなみに上が今回ネットで画像検索する中で、一番カッコ良いと思ったZガンダム。なんとゆーイケメン顔でしょう。ガンダムがしょうゆ顔ならソース顔?

 

Zはプラモも含め、胴体が前後に薄めな造形が多いが、これくらい前後幅ある感じの方がカッコいいと思う。

 

 

 

さて有名な話だが、Zガンダムのデザインは、放送開始時点では決まっていなかった。


だから、Zガンダムの前期オープニング「Z 刻を越えて」のラストでは、シルエットで頭部だけが登場する。デザインが決まっていないのは、知っているZガンダムと違うことからも分かる。タマネギみたいな頭である。


f:id:cheeriohappa:20201215215544j:image

この前期オープニングに出てきたZがおそらく、当初モビルスーツのメインデザイナーであった永野護氏(以下敬称略)のものがベースになっていると思われる。

角が無いように見えたのは錯覚ではなく、永野護デザインのZは本当に角アンテナがなかったのだ。斬新。


f:id:cheeriohappa:20201215215602j:image

その後、永野護は上層部と“何か”あり降板しているが、キュベレイリックディアス等の傑作モビルスーツを残している。

このあたり、やはりエルガイムファイブスター物語の生みの親でもある、自他共に認める天才デザイナーであるが、今日はもう一人の天才デザイナーにスポットを当てることになる。


f:id:cheeriohappa:20201215215653j:image f:id:cheeriohappa:20201215215711j:image 
f:id:cheeriohappa:20201215215752j:image f:id:cheeriohappa:20201215215809j:image


その前に、これまた有名な話だが、当初スポンサーからゴリ押しされそうになった新型ガンダムが、サイコガンダムとして廃品回収、もとい再利用されていることにも触れておかなくては。

Zガンダムのデザインが、企画段階で、どの地点から始まったのかがよく分かる。


f:id:cheeriohappa:20201215215838j:image

これはまさしく、富野監督ナイスプレー!と言わざるを得ない。


f:id:cheeriohappa:20201215215854j:image

サイコのあのモッタリ鈍重なデザインは、全高40mと巨大化させることで、全く別の禍々しさを身にまとうことに成功したからだ。


f:id:cheeriohappa:20201217231242j:image

逆に、普通サイズの全高18mのサイコガンダムなど、激弱そうなMSVにしか見えない。ハイザックにすら負けてしまいそうだ。


もしサイコガンダム初期デザインが、ゴリ押しされ主人公機として登場していたら、おそらくガンダムmkIIとして描かれていたことだろう。どうにも画面映えしないのは想像するまでもない。

 

 

そう考えると、よりmkIIのデザインが引き立ってくる。ガンダムらしさを一目で納得させながらも、与える力強い印象は、アムロですら自分の機体として欲しいと思ったはずのものだ。

 

直接そうは描かれないものの、ベルトーチカが図々しくねだっていたのを、アムロは積極的に止めもしなかった。

 

しかし、アムロを安易にガンダムに乗せなかったのが、Zの味わい深さにもつながっている。

 

余談だが、ディジェのガンダムアイの“らしい”設定や、キャラたちのあり得そうな会話など、漫画「カイシデンレポート」は、ガンダムサイドストーリーとしては最高傑作と言っていい。映像化が今でも望まれる。

 

少し脱線した。

 


f:id:cheeriohappa:20201215215924j:image

それにしても、ガンダムマークIIも素晴らしいデザインである。よく見ると、機体各部のディテールはガンダムmkIIにしかない意匠ばかりで、しかも絶妙にカッコ良い。

 

普通なら、つい成功した先代を模倣しがちな、二代目のワナに陥りがちだが(それこそ、サイコガンダムの元デザインのように)、mkIIはそうならず、初代ガンダムの換骨奪胎に見事に成功している。

 

最初の1/144のZガンダムとmkⅡのプラモでも、設定画と違ってのっぺりしたZよりも、mkIIのカタマリ感のある存在感の方が、造形としてより魅力があった。

 

 

クリンナップを担当したのが、当時まだ二十歳そこらの藤田一己氏(以下敬称略)となる。実に良い仕事をしたものだ。


次の画の二体のガンダムmkIIは、左が大御所、大河原氏(以下敬称略)のmkII初期デザイン。右が藤田一己の決定案になる。

 

大河原mkIIは、らしいと言えばらしいが、どこかモッサリしている(誤解を招くような比較になったかもしれないが、私はボトムズの方がガンダムよりほんの少し好きなくらい、大河原スコープドッグは神デザインだと思っている。当然実物大スコタコも当然見に行った)


f:id:cheeriohappa:20201215220615j:image

さらに、追加装備の頭部バルカンや、カートリッジ式のビームライフル等の新しいギミックにはワクワクさせられた。


バーニア基部とビームサーベルが一体化しているデザインも、説得力があり秀逸。

 

 

その上、ガンダムmkIIが初っ端から敵機として登場する衝撃たるや、その黒のカラーリングといい、この上なくセンセーショナルだった。


f:id:cheeriohappa:20201215220645j:image

このガンダムmkIIの登場こそが、Zガンダムという作品を成功させる、最初の大きな立役者になったといっても過言ではないだろう。


番組初頭の主人公カミーユのエキセントリックな言動は、眉をひそめる向きも少なくないが、モビルスーツは問答無用でカッコ良さを体現していたのだ。

 


そして、その流れを受けてのZガンダムの登場となる。これを時系列で追ってみよう。

 

Zガンダム


1985年3/2 放送開始

1985年7/27 第21話「ゼータの鼓動」Zガンダム初登場

1985年8/17 第24話「反撃」から後期オープニング「水の星に愛を込めて」にスイッチ。

 

つまり、五ヶ月足らずの間(おそらくはもっとずっと短時間)に、未決定だったZガンダムをあの最終デザインまでもっていったことになる。恐るべし。

 

何が恐ろしいって、あの変態的な変形機構まで、説得力を持って組み入れたことである。
ある意味、究極に洗練されたZのデザインそのものより、神業なのではないだろうか。

 

これを、当時若干21歳だった藤田一己がまとめ上げたのは、グッジョブ以上に、何か不思議な力が働いたのでは、とまで考えてしまう。

 

ウィキペディアによると、当初メインメカデザイナーだった永野護が、ガルバルディβや、リックディアスのデザインが、スポンサーに不評だったことで、番組放送開始前に降板となっている。


リックディアスは渋くて好きなデザインだが、ガンマガンダムと設定にあるなら、スポンサーはガンダムとしてのデザインを期待したのは仕方のないことだと思う。


また、ガルバルディβは昔1/100プラモデルを作って、均整のとれたプロポーションに惚れぼれとしたものだが、新しい潮流のモビルスーツのデザインをスポンサーが望んでいたなら、素人目には前作のゲルググと見分けがつかないのはマズかったろう(実際には、ハイザック同様に渋い設定があるのだが)

 

こうして永野護は去り、タイトルを冠した次期主役モビルスーツのデザインも決まらないまま、Zガンダムオンエアは始まってしまうこととなる。

 

これは絶体絶命のピンチ以外の何ものでもない。

 

一般企業で例えるなら、商品名しか決まっていない新製品を発表したものの、前任者が引き継ぎなしで退職した上、入社早々の新人が責任者となり、お披露目までの短期間でそれっぽいものを仕立て上げないといけないのだ。

往々にして、こんな地雷要素満載の経緯から、まともなものが出来てくるとは考えにくい。

 

ちなみに、以下がネットで見つけれたZガンダム初期デザインとなる。


f:id:cheeriohappa:20201216124455j:image f:id:cheeriohappa:20201216124511j:image
f:id:cheeriohappa:20201216124534j:image f:id:cheeriohappa:20201216124546j:image
f:id:cheeriohappa:20201216124559j:image
まんま百式になって生かされたデザインもあるが、顔以外ほとんどがZとして残っていないのが見てとれる。

 

自分が責任者だったら、時間もないし確実に絶望している。藤田一己も最初そうだったかもしれない。

 


しかし、持ちこたえた。大したタマである。

 

そして実際生まれたのは、よく見ると何にも似ていなく、それでいて未来永劫残るであろうデザインの、あのZガンダムなのだ。驚愕するしかない。


f:id:cheeriohappa:20201216125556j:image


NHKの「その時、歴史が動いた」みたいに、Zガンダムが誕生した瞬間が分かればいいのだが、残念ながら放送開始五ヶ月以内にまとめられた、としか判然としない。ご存知の方は教えて欲しいと思う。

 

21歳、大学でいうと三年生くらいの藤田にとって、後を託されるのはどんなプレッシャーだったろう。


しかも富野監督は、マクロスバルキリーに感銘を受け、可変モビルスーツをご所望しているのだ。


同じく、NHKプロジェクトX」なら、不吉な効果音と共にナレーションが入るところである。

 

が、この絶望的な状況から、藤田一己の奇跡的な数々の仕事が生まれることとなる。

 


藤田一己の肩を持つなら、すでに彼はメッサーラギャプラン、ガブスレイ、バイアラン、ディジェ等の、特徴的でオリジナリティーあふれるモビルスーツデザインを生み出していた。


f:id:cheeriohappa:20201216125659j:image

それらはどれも異形のシルエットのモビルスーツデザインばかりといえ、その流れからZガンダムの洗練されたプロポーションに、どう結実したのか不思議に思う。

 

しかし、敵ティターンズ側のほぼすべてと言っていい可変モビルスーツを、藤田一己独りでデザインしたことにより、可変機構については、彼が当時第一人者となっていたのは幸運だったと言えよう。

 


以下、ウィキペディアから引用。

「新型ガンダムのデザインにはプロデューサーによって数十名のデザイナーにオファーがなされ、頭部アンテナが畳まれるアイデアは漫画家の近藤和久、フライングアーマーが回転して胸の下に入り込むアイデアは大河原、顔のデザインは永野が描いた没案の顔を採用して最終的にメインデザイナーである藤田によってクリンナップが行われた。」

 

こうして、まさに総力戦、かつ急ピッチでZガンダムが形作られていくのだ。

 

そして、全ピースが揃ってからついに、それらをつなぐ、奇跡とも言えるZガンダムの変形シークエンスが完成されることとなる。


f:id:cheeriohappa:20201216125802j:image

この変形は、あまりにも高度であり、また繊細であった。


それは結果的に、本放送から十年くらい、ファンの多くを納得させるだけのプロポーションを保った、Zの可変ガンプラが世に送り出されることがなかったことからも窺える。

個人的には、Zより、Zプラスの方がはるかにマシな可変ガンプラだった。
f:id:cheeriohappa:20201216125945j:image 
f:id:cheeriohappa:20201218013526j:image

それだけでも、藤田一己の成した仕事は、手放しの称賛に値するが、最後に彼は“神の一手”をZガンダムに施し、歴史的なその仕事を終えることとなる。

 

その最後の仕事とは、Zのカラーリングである。

 

ガンダムといえばトリコロールカラーが代名詞だったが、藤田一己はmkIIでもうすでにその呪縛から解き放たれていたのか、Zのベースカラーは、白と青がメインとなっている。
赤と黄はあくまで差し色として、控えめ、かつ効果的に使われている。

 

そして、おそらくは航空機としての説得力を増すため、ウェイブライダー形態での下半分にあたる部分をブラックアウトさせている。
黒じゃないと、しまりが悪かったのだろう。実際、大きな背部パーツ、および盾の半分は、黒くすることでZの印象をさらに引き立たせている。



f:id:cheeriohappa:20201216125556j:image f:id:cheeriohappa:20201216125919j:image

さらに最後に、Zのアゴを赤くしなかったことが、ZをZたらしめているのである。


だが、方程式に従うなら、ガンダムアゴが赤いのは疑いようがなかったはず。

ガンダムも、ガンダムmkIIも、そしてサイコガンダムすら、アゴのパーツは赤かった。当時、全ガンダムアゴは赤かったのだ。それがいわば常識だったと言える。

 

しかし、藤田一己は、尖ったアゴZガンダムにはそれは必要ないと、永野護のデザイン通り、白いままのカラーリングにした。英断と呼んで差し支えないだろう。

「引き算の美学」の一例と、個人的に思っている。


f:id:cheeriohappa:20201216130141j:image

ついでながら、ウェイブライダー形態の垂直尾翼にあたるテールスタビライザーのデザインと、その基部の一部分を白くしたのも、神がかり的な仕事である。

 

そして、モビルスーツ形態で、そのテールスタビライザーを展開し、ハイメガランチャーを構えているZのカッコ良さたるや、イケメンガンダムここに極まれり、と見るたびに思う。


f:id:cheeriohappa:20201216130230j:image

 

さあ、いかがだっただろう。今回は、一番大好きなZガンダムについて語らせて頂いた。

あの至高のカッコ良さが、数ヶ月という短期間で生み出されたことに、とてつもないロマンを感じはしないだろうか。

 

私は今その余韻に、スガシカオのあの曲を心のBGMとして浸っています。

 

そう、藤田一己は、この上ないプロフェッショナルであった。極限の状況で、完璧に仕事をこなし、唯一無二のZガンダムを生み出した。


もしそこに、その瞬間に、藤田一己が責任者としていなければ、私たちは、おそらくは今ある、「普遍性の美」にまで到達したZは、目に出来なかったはず。それだけは間違いないことだろう。

 

そして、それだけの仕事をした、若き天才デザイナーが、亡くなってもいないのに、今日ではまるで空気みたいな存在感しかないことに、妙な違和感を持った。

まあそのミステリーは、おいおい触れていこう。

 

 

それより、ちょっとマジメに解説し過ぎたので、息抜きで画像検索で一番ツボだったのを載せよう。

f:id:cheeriohappa:20201216130618j:image

このように、昔の子ども向けの分厚いムック本は、初代ガンダムのあの漫画みたいにカオスチックな味わいがある。

どんな思いで、大の大人がそれらを作っていたのか聞いてみたい気もする。

 

自分としては、富野御大が言われるように、子どもだからこそ、全身全霊で向き合わなければならない、ということに共感する。

 

そして何なら、富野監督の書いた原作小説こそ彼の最高傑作じゃないかと思う。彼の書く文章には、類いまれな言語センスの味わいというか、色気があるのだ。ちょうどシャアのセリフが、独特で心に残るように。

 

初代ガンダムもZも、原作小説にしかない魅力があるし、逆襲のシャアF91も、テレビシリーズでフルにやっていれば、もっともっと魅力的に描けたはずだと感じた。それだけの深みが原作本にはあったから。


f:id:cheeriohappa:20201216142803j:image

また、ダンバインに代表される、バイストンウェルという彼が独自に創り上げた異世界も、ガンダムに負けないくらいの世界観と魅力を持っている。

これはリーンの翼を読んだことのある人には理解してもらえるはず。今人気の「異世界転生もの」のハシリであり、一つの頂点でもある。

 

異世界を描く上で、最も必要なものは何か?それは、受け取り手に、その異なる世界観をありありと想像させれるかどうかに尽きる。

その点たとえば、富野監督の、言語センスは抜群であるとしか言いようがない。

 

よく言葉遊びのような、同じ響きの名前を多用することを揶揄されるが(トリアーエズ、コレン・ナンダーは確かにヒドイ)、ガンダム世界の、ア・バオア・クーや、エゥーゴアーガマといったネーミングは、並みの人間では逆立ちしたって出てこない。

初めて聞く響きの単語なのに、今でも痺れ上がるほどカッコ良い。

 

そんな彼の作った、あの世とこの世の境にあるというバイストンウェルにも、言葉の響きだけで、地球でない世界を想像させ、ワクワクしてくるような名称が多い。

ウィールウィプスやギィ・グッガが特に好きな響きの言葉だ。

 

そして個人的には、逆襲のシャアで生死不明のアムロとシャアは、バイストンウェルに飛ばされたのだと理解している。

 

なので、富野監督にはその続きを描いてもらいたいとずっと思っている。オーラバトラーで戦うアムロとシャア。ロマンがあるではないか。

でも、シャアがバイストンウェルに転生するのは、初代ガンダム時のシャアでいてほしい。

そして、野心丸出しで国を盗って行き、後から転生してきたアムロと対決するのがいいかな。まあ全部妄想だけどww

 

 

さあ、長々と書いてきたので、そろそろ冒頭の伏線を回収して終わりにしよう。Zを生み出した、若手天才デザイナーが消えた謎である。

 

そうそう、Zについて書いてきておいて、郷里のZにふれるのを忘れていた。

 

かなり以前(完成は1999年)から巨大なZガンダム像が岡山の道の駅「くめの里」に展示されているのだ。

県北でかなり遠いので、二十年前に探しに行ってみたことはあるのだが、一度もたどり着いたことがない。昔はスマホもカーナビもなかったし。


f:id:cheeriohappa:20201216142837j:image 
f:id:cheeriohappa:20201216142856j:image

当時は、知っているZのデザインとの解離から、素人の造形の稚拙さによるものと、見れなくてもそう自分をごまかしてあきらめていた。

がしかし、このZ、実は藤田一己自らブラッシュアップしたデザインに基づいているらしい。

つまりは彼が本来理想とした形のZガンダムであるのだ。マジで?!

 

まあそういえば、メッサーラバイアランの異形さが彼本来の持ち味であるし、Zの後で手掛けたモビルスーツの進化形も、藤田一己らしいといえば藤田一己らしいデザインだ。

 

 

ここでついに、藤田一己が空気と化したミステリーの確信部分に触れていくこととなる。

 

彼は、Zガンダムの仕事を終えた後、ガンダムの世界観を使って新たなロボットを作っていたのである。

 

ちょうど、今も活躍するカトキハジメ氏(以下敬称略)による「ガンダム・センチネル」が、卓越したデザインのスペリオールガンダム等で、模型界を席巻していた時代と重なる。

 

自分は当時、中学高校時代で、ガンプラからほぼ離れていてガンダムセンチュリーも詳しくは知らなかったので、他の藤田一己の企画したロボットなんてのも全然知らなかった。

 

藤田一己がデザインした、タイラント・ソードと名付けられたモビルスーツの進化形のそのロボットは、“あの”アナハイムエレクトロニクスが開発したこととなっている。

 

役割の異なる、複数の無人の僚機を遠隔操縦して、まるで空母打撃群のような運用をするというアイデアは、まるで未来の第6世代のステルス戦闘機みたいに、時代を先取りしたもので悪くない。

タイラントやアパト等の、恐竜の名前を使ったネーミングも、いささか中二病っぽいが、嫌いではない。


f:id:cheeriohappa:20201218013740j:image

しかし、重力を自在に操るチート装備を持ち出してきて、機動や攻防にまで使ったことで、ゲームチェンジャーとなるどころか、やり過ぎでガンダムの世界観まで壊しかねないこととなったのは致命的だった。

何しろ、その10機未満のユニット一つで、全世界のモビルスーツ全機(!)に匹敵する戦力らしいのだ。どう考えてもやり過ぎである(ん、しかし、ガンダムOOも似たアイデアか。。)

 

誰かが、宇宙世紀グランゾンを投入したようなものと書き込んでいたが、全力ユニコーンガンダムと互角どころか、下手したら圧倒しかねないチートスペックは、当時ですらみんなドン引きだったらしい。

天才が陥りがちな、自らの感性にこだわり過ぎるゆえの落とし穴そのまんまである。少なくとも、ガンダム世界でやるべきではなかった。

 

藤田一己自らの解説が残っている。

「とにかく”タイラント”は強い。モビルスーツをWWIIのレシプロ戦闘機とすると、F-14ぐらい強い。ZZですら、接触(コンタクト)5秒ともたないぐらい強い」

 

まあ要するに、敵モビルスーツがナメクジ同然のスピードだったり、艦隊を一瞬で消滅させたり、敵からの攻撃無効だったりの、「ぼくがかんがえたさいきょうのロボット」だったため、ガンダム正史からはなかった子にされているのだ。

これぞ本当のリアル黒歴史。てか今の今まで知らなんだ(*っ´Д)っ

 

そんなこんなで、その後ガンダムデザインの歴史で藤田一己の名前を見ることはなくなってしまって久しい。

自分も、ふと疑問に思って調べてみたら、以上のような、しくじりストーリーが判明した次第である。

 

しかし、藤田一己は本来、自らのアイデアに突っ走るのではなく、調整役として活躍する際に、その才能が発揮される類いの天才だったように思われる。

まとめあげるだけでなく、さらに“次のステージ”に移行させてしまう仕事は、Zガンダムの仕事に関しては今振り返ってみても、全く色褪せてはいない。

 

惜しむらくは、彼がカトキハジメのようにバランス感覚がもっとあれば、趣味に突っ走るばかりにファンの支持を失い、デザイナーとしての未来も失ってしまう現在のようには、ならなかったかもしれないということ。

 

いずれにしろ、彼がZで遺した偉業は讃えられるべきであるし、その彼が理想としたZガンダムが地元岡山の道の駅にあるのなら、やはり一度はファンとして見ておきたいものである。

 


実物大ボトムズを見た、ボトムズ野郎の叫び - 海外でサバゲをやってみた Ninja St☮g plays Airsoft in the world

 

 


実物大ガンダムをすべて見てきた団塊ジュニア、横浜ガンダム見にいく - 海外でサバゲをやってみた Ninja St☮g plays Airsoft in the world

 

 

「千鳥と同郷のタクシードライバーが千鳥について考察その3」

「大悟の滑らないグラタン話と私」

#千鳥#グラタン

 

地元ならではのエピソードに触れたいですが、千鳥の二人は学年としたら五年くらい下なので、学校越しに伝わってきた話とかもなく、ましてや直接的な接点もありません。

 

ただ、千鳥という芸名は、地元民ならすぐピンときたと思います。

 

千鳥は、笠岡市立高校の愛称で、私の母校でもあります。
千鳥の二人は、すぐとなりの笠岡市立商業高校出身ですが、地元で進学高として通っている千鳥の名前を芸名にしたことは、地元民として理解できないことではありません。

 

都会じゃ想像できないでしょうが、田舎では私立より公立の方が、高校では頭が良いとなっていて、ちらほら東大合格者も出ます。


ちなみに、大悟は笠岡諸島の一つである北木島の出で、ノブは笠岡市の北隣りの井原市芳井町出身です。
私の実家はその中間あたりの笠岡市の本土側になります。

何にもないですが、地震や台風も少なく、温暖で住みよいところです。

 

東京でタクシードライバーの仕事をしてきて、そうした岡山の田舎から出てきた話をすると、大体のお客さんが不思議と優しくしてくれます。

一度はモンスターペアレントがモンスター乗客になって大弱りした(大変困ったという岡山弁)際も、何だかんだこの話で最終的には仲良くなったこともあります。大田舎と千鳥に感謝。



岡山のどこと訊かれて、千鳥の大悟と同じ笠岡市と言っても、関東の人には漠然としか分からない様子ですが、ノブの田舎は人間よりイノシシの方が多いと言うと、みんな笑ってくれます。私の鉄板アイスブレイカー話になりますw

私の実家近くもイノシシばっかりなんですけどね。

 


話は変わりますが、大悟のお姉さんがとなりの広島県福山市で飲食店をされているそうです。ちなみに店名は「千鳥」w

ここ何年か地元に帰っていないので、まだ未確認ですが、帰省したら食べに行ってみたいものです。


あ、飲食店つながりで一つ接点がありました。といっても、テレビでトークする大悟のネタから知ったので、ごくごく薄い接点ですが。

 

確か「滑らない話」だったと思うんですが(違いました)、大悟が家族で、本土の喫茶店にグラタンを食べに行くというエピソードです。

 

大悟のお父さんは、グラタンを初めて食べた時、知らずに食べてあまりの熱さにヤケドして、笑われたそうです。

 

大悟に、都会(島から見た本土)にはグラタンという食べ物があると重々しく語る父親。

この時点で、あのお父さんのキャラクターもあり、不思議なおかしさで笑いがこみ上げてきます。


そして、大悟と熱々の味噌汁で練習して、いよいよ本番。。となるのですが、練習のし過ぎですでに舌をヤケドしていて、味もなんも分からんかったというオチです(でも志村さんとのトークで、一番好きなのはグラタンとも言ってました)


大悟らしい家族愛と、島ペーソスあふれる、ほほえましいエピソードですね。

 

この話に出てきた喫茶店が、私が大学一年の夏に帰省してバイトしていた「喫茶ダン」で間違いないと思います。


エピソードトークでは、店名は出なかったですが(出てました)、島からの船着き場からすぐのショッピングモールは当時から一つだけで、中にある喫茶店も一軒だけでした。

 

後にホテルシェフに転職したチーフの作る洋食は本格的で、大量に仕込む日替わりランチがすぐ売り切れるくらい人気がありました。厨房はまるで戦争でした。

グラタンは手間かけてホワイトソースから作っていて、カレーも絶品だったのを覚えています。

 

残念ながら今はもう店はありませんが、大悟のグラタンのエピソードが1992年の夏の出来事なら、ニアミスしていたことになります。
まあ、熱々のグラタンをわざわざ夏に食べるとは思えませんが。

 

でも、あの昔ながらの喫茶店の黒いビニールシートで、目を白黒させながらの大悟初グラタンだったんだろうな~と思うと、つい微笑ましくなってしまいますね。

あのグラタンが大悟にとってグラタン好きになるキッカケとなり、“俺のファイブスターグルメ”にもなっていたとしたら、何だかうれしいです。


以上、自分にとっての青春の日々も思い出させてくれる、千鳥のエピソードでした。

 

大悟グラタン話

大悟グラタン話2 志村けん

「千鳥と同郷のタクシードライバーが千鳥について考察その2」

「千鳥凱旋ライブの思い出」

#千鳥#ライブ


千鳥の二人が、関西でお笑い芸人として認知され、人気が出てきた頃、地元である岡山県笠岡市で凱旋ライブがあった。確か、2004年か2005年じゃなかったろうか。


特に祭り等の行事と重なった訳ではなかったと思うが、市役所の前の広い二車線道路が封鎖されて舞台が作られ、「千鳥お帰り」みたいな横断幕もあったように思う。

人も多く集まり、なかなかの凱旋ライブだった。道行く人もどんどん集まってくる。

 

ネタは大悟鉄板の北木島ネタだった。地元民にしか伝わらないニュアンス(島と本土で文化も若干異なる)もあり、とても面白かったと記憶している。


そして舞台上の二人の印象は、それから15年以上経つ、令和の今もちっとも変わっていない。

 

が、これは思い出補正もあるかもしれない。大悟はともかく、ノブは東京で売れるまで、どこか垢抜けなく若干空回り気味なのが、例のアメトークでの「千鳥かえろか」にも残っている。

 


それよりも、個人的に強烈に印象に残ったのが、前座として漫才をした、とろサーモンだった。

 

ひたすらネガティブトークを、フラットなトーンで重ねていく久保田のキャラは、見たことなくてとても斬新だった。

 

今なら、千鳥ととろサーモンの先輩後輩の仲良い関係性も分かるが、当時は初めてとろサーモンを見ることもあり、観客は若干、いやかなり引き気味だったように思う。

 

そりゃ、人口5万人の片田舎の住民に、尖った久保田のキャラは刺激が強すぎたのも無理はない。

 


その後、時が流れ、二組ともメジャーになったのは、とても感慨深いことだと思う。

 

が、まさかどちらも東京でブレイクし、千鳥はダウンタウン以来の、天下を窺える芸人に成長するまでは想像出来なかった。

 

また同時に、久保田がやらかしクズキャラで、唯一無二の存在感を放つようになったことに、妙な納得感を感じるのも、自分だけの密かな楽しみでニヤニヤしてしまうのだ。

 

どちらのコンビも、スキャンダルには特に注意して、これからも末長く世の中に笑いを届けていってほしいと思う。

 

「大悟の滑らないグラタン話と私」に続く

「千鳥と同郷のタクシードライバーが、千鳥について考察するシリーズその1」

「白平を志村さんが演じていたら」

#千鳥#はくべい

 

見た目は足軽二人組みたいな、田舎岡山出身の漫才コンビが、天下を窺えるポジションまで来るとは、誰が予想できただろう?

 

私は、大悟と同じ笠岡市出身だが、大阪で千鳥があれだけ受け入れられたのも奇跡だと思ってたので、まさか全国的に人気者になれるとは想像したこともなかった。


ましてや、大御所ビートたけし志村けんに可愛がられ、ダウンタウン松本人志にも、霜降り明星と並んで認められるまでになれるとは、本当に郷土の誇りでうれしい。

 

そんな千鳥の、個人的に最高傑作と思う漫才ネタに、白平(ハクベイ)がある。

大悟が旅館の大女将でオカマの白平で、ノブがそこに予約の電話を入れるが、要領を得ずに毎度智弁和歌山高校と間違う鉄板ネタである。

千鳥 白平 2018新春ネタ 観客 志村けん 松本人志

千鳥が、ビートたけし志村けんに絶賛されることになったのには必ず理由がある。残念ながら、志村けんさんにそれを訊く機会は永遠に失われてしまった。

 

しかし、たけしさんに訊いても、けんさんに訊いても、おそらくそのキッカケの一つは白平の漫才であろう。妙な確信がある。芸人が芸人を評価するのは、何よりもまずは芸そのものだからだ。

 

そして、そこにこそ、千鳥が漫才を通して何を表現したのかが表れていて、大御所二人が心奪われた秘密があるように思う。

 

 

結論から言うと、白平というオカマキャラを通じて、千鳥は「人生」そのものの深みを見事に表現してみせたのだ。並みのコントや漫才で実現できることではない。

 

予約の電話対応で、トンチンカンな応答をする白平。問わず語りで自分の過去を織り混ぜていく。

大正生まれで、口紅一つで差別された過去。番頭にぶたれ、兵隊にもぶたれ、悲惨であっただろうことは容易に想像がつく。

何しろ白平は、大オカマで歳も取っていて、明るい未来なぞ他人に感じさせようがないのだ。

そして見方を変えれば、認知症とも受け止められる可能性もある、際どいキャラでもある。

 

だが、何だろう。大悟の地のキャラクターも反映されてか、ちっとも陰鬱ではない。

初めて紅を引いた時に感じた、白平自身の解放感は、もはや清々しいカタルシスさえ感じさせるものだ。

そこに大オカマであることを肯定する、ふっ切れたというか、振り切った白平の明るいたくましさが光っている。

 

そして、ひとしきり笑わされた後、心に残った余韻で気づかされるのだ。この漫才は「人生への讃歌」なのだと。

まさか、漫才でここまでLGBT問題に踏み込み、なおかつ明るい、ある一つの“正解”を、笑いと共に見せられるとは思いもしなかった。

 

それに気づいた、たけしさんとけんさん二人が、千鳥を手放しで絶賛することになったのは不思議なことではない。

多分、今まで存在したどんな若手芸人よりも、自分たちに近しいものを感じ取ったし、後継者と直感したのだろう。

 

かつてあった、猥雑ともいえた寄席文化や飲み屋文化は、昭和と共に消え去ってしまって久しい。


しかし、大御所二人ともが好きな、落語の根底にあるものが「業の肯定」であるように、その一見汚れたものから、人の輝くしなやかさみたいなものを、同じように二人それぞれ表現してきたのだ。


そして平成の終わりになってついに、それを色濃く継承する千鳥が世に出た。うれしくなかった訳がないだろう。

 

 

最後に、もう叶わない願望として、志村けんさん演じる白平が見てみたかったのが、個人的に心残りではある。

もちろん、他人の芸を奪うような人ではないのは分かっている。

 

それでも、本当の師弟のように、大悟と二人で、けんさんが白平、大悟が電話する設定でコントをするのが見てみたかった。

けんさんは、大悟の白平とはまた違った面白さの白平を見せてくれただろう。それを見て喜んでいる大悟が目に浮かぶ。

 

ひとみ婆さんのように、楽しそうに演じるけんさんを想像すると、惜しい人を亡くしたと、改めて胸に迫るものがある。

 

「千鳥凱旋ライブの思い出」に続く